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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1990

「珍しく素直にホテル内で過ごしていたぞ」ホテルに電話をすると意外にも本間は部屋にいた。杉本の妙にハシャイダような顔を見てトミタ少佐は少し嫉妬を感じながら質問した。
「その女性記者はどんな人なの」「大学時代に同棲していた中国人の留学生が天安門で殺された仇を取ろうと燃えている変な奴だ。色気は全くないから女1人にしても心配はないよ」本当は本間が愛し合っていた中央道(ゾン・ヤオドウ)は留学生用のアパートで生活していたので同棲はしていなかった。要するに本人が漏らした思い出話に尾ヒレが着いていたのだ。
「シャワーを浴びたら艦隊決戦だ。今回も撃チンするぞ」片づけを終えたトミタ少佐を後ろから抱き締めてふざけた宣戦布告をすると腕を振りほどいて真顔を向けた。どうやら点けている「テレビの英語ニュースを見ろ」と言うことらしい。それは今回の反政府デモの指導者になっているアビシット政権で治安担当だったステーブ元副首相に対する記者団の囲みインタビューだった。
「貴方は2010年4月10日の暗黒の土曜日事件で国軍や治安部隊に発砲許可を与え、90名以上を虐殺した殺人罪で告発されましたが、このデモを利用して自分の裁判を妨害しようとしているのではないのですか」やはり外国人の記者の質問には敵意とは言わないまでも悪意が含まれている。流暢な英語で質問しているところを見るとアメリカかイギリスのマスコミかも知れないが、韓国でも保守政権を軍事政権の継承者として批判的に報道するのが海外マスコミの基本姿勢で在韓アメリカ海軍の広報官としてトミタ少佐も苦労した。
「あのデモ自体が中国共産党の指令を受けた華僑による国家乗っ取りとそれに同調する毛沢東主義の洗脳を受けた若者による暴動ですから、あらゆる手段を講じて鎮圧するのは政府の責任でした。それを刑事裁判に持ち込んだのは憲法裁判所によって自分たちの政権が憲法違反であることを認定された華僑政権、シナワトラ家の妹の焦りでしょう」ステープ元首相の回答に外国人記者の間から低くブーイングが起こった。そのインタビュー中も周囲からデモ隊の絶叫が聞こえていることから現場になっている政庁街での囲みなのが判る。
「貴方たちの政党は選挙を拒否して不戦惨敗しながら司法を使って議会で圧倒的多数を獲得した政権与党を否定しましたが、今度は議会制民主主義を完全に否定して暴力による政権奪取を画策しているんですね。それで政党なんですか」今度の記者の英語は訛りが強いので非英語圏のマスコミかも知れない。それでも悪意に変わりはない。
「残念ながら我が国では欧米式の議会制民主主義が成立する基盤が議会制民主主義を認めていない共産主義国家の策謀によって崩壊してしまいました。国王陛下に忠誠心を抱かず、タイ民族に愛着を持たず、自国よりも中国共産党に従属する首相が選出される議会制民主主義がこれ以上、継続されれば国家そのものが破滅する。それは最早欧米的な手続きでは阻止できないのだ」この回答が聞こえたのか、周囲から賛同の叫び声が響き始めた。
「これでは俺の取材は長くなりそうだな。当然、華僑側も対抗するデモを起こすだろう。両者が武力衝突すれば内戦に発展しかねない。おそらく華僑政権は国軍の出動は認めないだろうから、国軍が独断で出動すればそれはクーデターだ。それでも沈静化するまで年内一杯かかるぞ」「その間、貴方はここで暮らすのね」杉本の見解にトミタ少佐はクミコになってうなずいた。先ほどの宣戦布告で「撃チンするぞ」と言ったのは「撃沈」では「男根による攻撃」の意のジョークだった。ここまで「お預け」させられてはシャワーの後まで待ち切れず、そのまま水中で艦隊決戦になりそうだ。ただし、海軍軍人を溺れさせるには水量不足な気もする。
「まったくアイツは私の飼い主のつもりなのかねェ」ホテルのレストランで夕食を終えて部屋で缶ビールを飲みながらラジオで中国語放送のニュースを聴いていた本間は杉本から所在確認の電話を受けて立腹していた。フロントから回ってきた電話に出ると杉本はイキナリ「おったぞ」と日本語で声をかけた。これでは逃げ出しそうなペットを心配している飼い主ではないか。
「大体、コマシの杉なら愛人の家に入ったところで始めるんじゃあないの。私のことを気にして電話してくるなんてらしくないよ」杉本が端正な風貌と巧妙な弁舌、洗練された立ち振舞いと「悪魔の手」と噂される性技で女性を籠絡して情報を収集していることは海外出張して不在になっている間に岡倉や松本から聞いている。その一方で韓国のジャーナリストだった愛人を秘密保持のために殺害したことで女性を単なる道具と見ていることも判明した。アメリカ海軍士官らしい今度の愛人も利用価値がある間だけの関係のはずだ。本間にはそんな冷血人間が自分を心配する理由が判らず、どこか不気味だった。
「そう言えばレストランで中国人が妙なことを言っていたな。杉本に教えれば良かった」本間はラジオの中国語を聴いていてレストランで隣りの席の中国人たちが大声で話していた内容を思い出した。それは今回の事態に関する内容だったが立腹して言い忘れた。
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  1. 2020/07/30(木) 12:36:52|
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