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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

7月31日イギリス海軍がラム酒の配給制度を廃止した。

1970年の明日7月31日にイギリス海軍が大航海時代からの粋な制度だったラム酒の配給を廃止しました。
イギリス海軍がラム酒を配給し始めた理由は艦船に積載する飲料水を樽詰めにしていたため航海中に黴が発生し、樽の木材から腐敗が始まるなどの問題に衛生上の対策としてアルコホール飲料を配給したことからでした。当初はアルコホールが弱いビールでしたが、航海の長期化と南洋の高温多湿な気候によって水と同様の劣化が発生するようになり、少しは腐敗しにくいワイン、さらに高濃度の蒸留酒であるブレンデーに変更されましたが、1655年にジャマイカを占領したことでイギリス人入植者が西インド諸島で栽培を始めた砂糖黍で作った安価な地酒のラム酒が採用されたのです。しかし、高濃度のアルコホールを勤務中に飲用させることはできず下士官、水兵には水割りで支給され(士官は原酒)、その濃度はラム酒1に水4から始まって第2次世界大戦中は鎮静剤効果を期待したのか1に3と濃くなり、戦後は飲料水の保存技術の発達によってラム酒が待機中の嗜好品になったため1に2の酒として支給されていました。ちなみに当初の1に4の比率は原酒の支給を受けた下士官や水兵がすぐには飲まずに隠し持ち、酔うためにまとめて飲んでいることを防止するため保存が効かない1に4の水割りが始まったのです。このエドワード・バーノン提督が決めた対策は下士官や水兵には不評で、提督が愛用していた絹と絹の混紡のグログラム生地のコートが「オールド・グロッグ」と言う仇名になると「グロッグ」がラム酒の薄い水割りの名称になり、やがて飲んでも酔えないことの意趣返しに酔っ払いの千鳥足を「グロッギー」と呼ぶようになりました。この粋な制度はイギリス海軍の代名詞になり、トルファルガーの海戦で狙撃を受けて死亡したホレーション・ネルソン提督の遺骸を本国に持ち帰るためラム酒の樽に漬けておいたところ乗組員たちが飲んでしまって入港した時には空になっていたと言う伝説(=史実らしい)まであります。
この衛生保持のためアルコホールを支給する制度はイギリスの植民だった国の海軍にも継承され、アメリカ海軍ではロバート・スミス海軍大臣がラム酒をライ麦が原料の国産品=ライ・ウィスキーで代用することを決定して、それを水割りで飲むように通達したため水兵たちは「グロッグ」に倣って「ボブ・スミス」と呼ぶようになりました。
そんなイギリス海軍の軍艦乗りの生き甲斐でもあるアルコホールの支給廃止は海の男たちを悲嘆の淵に沈め、今でもこの日を「ブラック・トット(「微量」の意)・デー」と呼んで悪夢の記念日にしています。ちなみにアメリカ海軍は1862年、カナダ海軍は1972年、ニュージーランド海軍は1990年に廃止しましたが、イギリスやカナダ海軍では帆船時代に切れたメイン・マストの操作ロープをマストに登って修復したのに匹敵する英雄的行為の報償としてラム酒を支給する制度は残っています。
実は自衛隊内での飲酒は駐屯地司令、基地司令、艦長が指定した場所=隊員クラブや宴席会場でしか許されないのですが、外出できない者への土産として持ち込むことが常態化して(休日は隊員クラブが休業のため)、いつの間にか野放しになってしまったようです。
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  1. 2020/07/30(木) 12:38:24|
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