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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第92回月刊「宗教」講座・短いお経シリーズ第8弾「華厳経菩薩説唯心偈」

華厳経は奈良・東大寺を本山とする華厳宗の根本経典です。野僧は奈良基地の航空自衛隊幹部候補生学校に入校中から剃髪に近い坊主刈りにしていて、法衣か作務衣で外出していたので寺への参拜は本尊さんとの対面=礼拜として無料になり、東大寺にも「護国」を祈願するため毎週のように通っていました。そんなある日、南大門から大佛殿に向かって歩いていくと普段着の法衣に見たことがない略式の袈裟を着けた高齢のお坊さまに会いました。野僧が合掌して深く頭を下げるとお坊さまは軽い足取りで歩いてきて「お参りいただいて有り難うございます」と声を掛けたのです。つまり東大寺のお坊さまでした(後に雑誌で見た清水公照別当猊下に似ていましたが確認はしていません)。そこで野僧は毎度の悪癖で「東大寺さまの華厳経はどのような教えを説いておられる経典なんですか」と不躾な質問をすると「何か書く物はないかな」と言われたので頭陀袋に入れていたノートとボールペンを手渡すとお坊さまは立ったままこの偈文を漢字で書き、訓読を唱えて下さったのです。
「華厳経菩薩説唯心偈」=「心如工画師 画種種五陰 一切世界中 無法而不造 如心佛亦爾 如佛衆生然 心佛及衆生 是三無差別 諸佛悉了知 一切従心転 若能如是解 彼人見真佛 心亦非是身 身亦非是心 作一切佛事 自在未曾有 若人欲求知 三世一切佛 応当如是観 心造諸如来」
「華厳経菩薩説唯心偈(訓読)」=「心は工(たくみ)なる画師の如く、種種の五陰(ごうん)を画き(えがき)、一切世界の中に、法(もの)として造らざる無し。心の如く佛も亦爾り、佛の如く衆生も亦然り、心と佛と及び衆生とは是の三差別なし。諸佛は悉く、一切は心より転ずと了知したまう。若し能く是の如く解らば、彼の人は真の佛を見たてまつらん。心も亦是の身に非ず、身も亦是の心に非ずして、一切の佛事を作し、自在なること未だ曽って有らず。若し人もとめて三世一切の佛を知らんと欲せば、応当(まさ)に是(かく)の如く観ずべし、心は諸の如来を造ると」
お坊さまがそのような変則的な教え方をされたのは野僧が素人であることを察して混乱させないために訓読で意味を教えようとされたのかも知れません。
華厳経が説いている華厳宗の教義は佛教の一大転換を示しています。それまでの佛教は実在した人間であるゴータマ・シッタルダ=釋尊が思索し、悟った真理を説く肉声の宗教でしたが、華厳経では宇宙、天地一切を司る絶対的な存在としての毘盧舎那佛(びるしゃなぶつ)の教えを語る啓示の形式を採っています。しかし、神道のように大いなる自然を始めから理解不能と畏れ敬い、闇雲に崇拝して臣従するのではなく、その摂理を説いているところが佛教です。佛教ではこの思想が発展して人間が天地一切と一体化し、対話してその意志を知り、願いを伝え叶える密教を創り、逆に信じ、任せる浄土教を生みました。
華厳経の根本理念は「一即一切・一切即一」=「世界は相互に関係し合っていて、影響し合っている。世界は相対的な組み合わせで成り立っている」=「この世のあらゆるものは決してそれ一つで存在しているのではなく、ほかのものとつながり合い関わり合っている」と言われ、これを哲学者の西田幾多郎さんは「絶対矛盾的自己同一」とワザとのように難しく説明しました。
ところで野僧は若い頃、命がけの緊張感の中での修行を求めて、海岸の防波堤や断崖絶壁の上で坐禅を組みましたが、意識が跳んで風が身体を吹き抜けるような感覚に陥ると水平線や山の稜線の向こうに光輝く巨大な佛の姿が見えることがありました。後に修行に上がった曹洞宗の僧堂の堂長老師に言わせればこれも「禅魔=幻覚」なのだそうですが、野僧は「常識が脱落して真実の世界を感知した」と納得しなかったため「真言宗か修験道にでも行け」と言われて相容れませんでした。ちなみに同じ華厳経でも「菩薩霊集妙勝殿上説偈」では「諸行は空にして実無きに、凡夫は真実なりと謂(おも)ふ、一切自性無く、皆悉く空に等し」と説いています。
実は日本の佛教で勤めている経典の音読には三種類の読み仮名があります。中国は異なる民族によって王朝が成立してきたため漢文は基本的に踏襲されてきたものの読みの音は大きく変転しており、そのためインドから流入した経典を漢文に翻訳した時代と地域によって差異があり、にも関わらず日本人は新たに伝来した経典を原語で詠もうとしたため受容した時代によって齟齬が生じたのです。その三種類とは最初期に百済人によってもたらされた呉音(ごいん)、次に奈良時代から平安時代に伝来した漢音(かんいん)、そして鎌倉佛教でも主に禅宗が用いている唐音(とういん)です。ただし、禅宗は経典を重視しないためそれ程は普及しておらず、禅宗でも常用する「摩訶般若波羅蜜多心経」は呉音で「まかはんにゃぱらみたしんぎょう」と唱えていて、唐音で「ぽぜぽろみとしんきん」とは言いません。一方、野僧が比叡山延暦寺に参学して親しくなった学僧は基本的に経典を漢音で呼んでいました。例えば「経」は「けい」と読み、「阿弥陀経」も「あみだきょう」ではなく「あびたけい」です。ただし、最初に伝来した経典を呉音で学んだ日本の佛教者たちは後で受容した経典をそのまま読経し、振り仮名を着けるのにも呉音を用いたため、言葉に法力を認める真言宗や天台宗の密教は漢音でも鎌倉佛教では呉音を踏襲しているようです。「南無阿弥陀佛」を唐音で唱えると「なむおみとふ」になりますが、やはり呉音で「なもあみだぶつ」でなければ調子が出ません。それでも浄土宗については元祖大師・法然坊源空上人が比叡山で知恵第一と呼ばれた学究肌だったため漢音を踏襲している経典や偈文も見られます。この他にも寺の「食堂」は漢音の「しょくどう」ではなく呉音の「じきどう」であり、「利益」は漢音では俗っぽく「りえき」ですが、呉音なら有り難く「りやく」です。その意味では東大寺ではどのような読み仮名で唱えられるのか興味がありますが、同じ奈良佛教法相宗・薬師寺の高田好胤猊下は「父母恩重経」を布教するのに漢音の「ぶもおんちょうけい」ではなく「ふぼおんじゅうきょう」と呉音で説明されていましたから、「しんにょくがし がしゅじゅごうん いっさいせがいちゅう むほうにふぞう にょしんぶつやくじ にょぶつしゅじょうねん しんぶつぎゅうしゅじょう ぜさんしゃべつ しょぶつしつりょうち いっさいじゅうしんてん にゃくのうにょぜかい ひにんけんしんぶつ しんやくひぜしん しんやくひぜしん さくいっさいぶつじ じざいみぞう にゃくにんほっぎゅうち さんぜいっさいぶつ おうとうにょぜかん しんぞうしょにょらい」と呉音で良いのかも知れません。南無毘盧舎那佛
92・東大寺・毘瑠沙那佛
東大寺・毘盧舎那佛=太陽の輝きを表す古代インド語の「ヴァイローチャナ・ブッダ」に漢字を当てた名前で密教の大日如来と同一佛です。
92・清水公照門主猊下
清水公照別当猊下=泥佛(でいぶつ)と自称しておられ、俳画のような味わいがある作品が日本酒「沢の鶴」のラベルになるなど人気がありました。
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  1. 2020/08/01(土) 10:29:32|
  2. 月刊「宗教」講座
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