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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ1997

「貴方、北海道の雪うさぎさんから手紙が届いたわよ」11月も中旬に入り、岐阜県では飛騨山脈から吹き下してくる風が冷たくなってきた頃、島田家の前で停まった郵便配達のバイクの音で外に出た妻の順子が戻ってくるとリビングで雑誌を読んでいる信長元准尉に声を掛けた。
「この時期に手紙なんて訃報じゃあないだろうな」「大丈夫、可愛らしい絵葉書だから」リビングに入ってきた順子は写真だけを見て島田元准尉に葉書を手渡した。確かに葉書の下4分の1に赤ん坊の写真が切って貼ってある。これは春に生まれた娘だろう。
「名前は何て言ったっけ」「向日葵(ひまわり)じゃあなかったか」「近いけど違うわね。『日』がつく2文字、3音の名前よ」テーブルを挟んだ向かいの席に座った順子の質問は文中に正解がありそうなので回答を保留して速読した。
「日和(ひより)ちゃんかァ」案の定の答え合わせに順子も黙ってうなずいた。息子の信繁は30歳代半ばで曹長になり、三沢基地で勤務しているがいまだに独身で島田家には孫がいない。何度かアメリカ空軍のWAFとつき合っているような話を聞いたことがあったが、結婚には至らなかったようだ。その意味では雪うさぎの娘が孫のような気がする。
「最近、リクエストに昭和のフォーク・ソングやニュー・ミュージックの曲が増えてきて50歳代の聴取者が加わりました・・・かァ」順子が目の前で注視しているので島田元准尉は声を出して読み上げた。それを聴いても順子は視線を外さず「続きを読め」と目で促してくる。
「私にとって昭和は小学校に入る前なのでフォークはよく判りません。ところが夫は平成生まれでも父親が大のフォーク好きなので私よりも詳しくて助言を受けています。それでも楽曲と歌手の解説ばかりで思い出を織り交ぜた番組にならなくて困っています」この流れで用件は想像できた。
「昭和歌謡の第一人者の昭和一郎さんならフォークにも詳しいでしょうから番組を構成する上での注意事項や参考になる本などをお教えいただけるのではないかと思ってお手紙を出しました・・・かァ」「それじゃあ貴方と逆の悩みの相談って言うことね」葉書の後半、写真の上の部分は家族の近況になっていてこちらを黙読していると順子が声を掛けてきた。
「そうみたいだな。ワシの番組も50歳代からのリクエストが増えてそれがフォークばかりで困ってるんだ。ワシは根っからのフォーク嫌いだし、昔から聴いてくれている高齢者を蔑ろにすることはできない。ところがプロデューサーやディレクターは先が短い高齢者よりも昭和ブームに乗って新たな聴取者を開拓しろって言う。まさに板挟みだよ」順子も夫の悩みは何度も聞いているので理解しているが、雪うさぎの場合は本人の意思に関係なく二兎を追わずを得なくなった困惑のように感じた。
「貴方のフォーク嫌いは学生運動のデモ隊が反戦歌として唄っていたからでしょう」「外出して名古屋に行くと市内の集会で髪を伸ばして汚い恰好をした男子学生がギターを弾きながら戦争を悲惨な絶対悪として批判する歌詞に下手な曲をつけて唄っていたんだ。それに純粋で馬鹿そうな女学生たちが真面目に合唱していた。平和を守っているのは自衛隊であって、戦争で真っ先に死ぬのは俺たちだっと言うことが全く判っていないのに真剣に怒っていたよ」順子も阿蘇の叔母の紹介で結婚する前、帰省してきた島田3曹(当時)が父親と酒を飲みながら昭和27年に名古屋で発生した大須事件や県内の愛知大学事件とその後の裁判に対する怒りを訴えているのを見たことがある。それを見て母親は「酒癖が悪いのか」と心配したが、順子は日頃の温和で生真面目な信長がここまで興奮するのは都市部で吹き荒れている安保闘争に真剣な危機感を持っているからだと理解していた。
「でもフォーク・ソングも学園闘争が終わってから吉田拓郎や井上陽水が『反戦歌みたいな政治色を捨てるべきだ』ってジャンルを作ったじゃない。何て言ったっけ」「ニュー・ミュージックだな」島田元准尉にとっては髪を伸ばし、Gパンを穿いてギター片手に唄う歌手はフォーク歌手として一律に拒絶してきたので歌詞の内容までは知らない。信繁が高校時代、同級生たちがバンドを結成しても参加しなかったのは父親の気分を害することを避けたからではないだろうか。黙って考え込んだ島田元准尉に順子がコーヒーと一緒にヒントを出した。
「吉田拓郎や井上陽水が作った歌謡曲があるでしょう。思い出してみなさいよ」「吉田拓郎と言えば森進一がレコード大賞を獲った『襟裳岬』がそうだな」「キャンディーズの『アン・ドウ・トロワ』もでしょ」島田元准尉は2年前になくなったキャンディーズの田中好子の大ファンだけにこの指摘は痛い。
「そう言えば美空ひばりの『愛燦燦』は小椋佳だったぞ」この他にも作詞・作曲専業になっている元フォーク歌手も多い。やはり時代の流れと卓越した才能までは拒絶できないようだ。
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  1. 2020/08/06(木) 12:06:04|
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