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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月10日・再軍備じゃあない!警察予備隊が創設された。

昭和25(1950)年の明日8月10日にこの時点から現在に至るまで「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため」の任務を遂行してきた日本独自の防衛組織=陸上自衛隊の前身となる警察予備隊が創設されました。
ポツダム宣言を受諾して降伏した日本は陸海軍を解体して連合軍の占領下に置かれただけでなく昭和21(1947)年11月3日に公布された日本国憲法では陸海軍その他の戦力の不保持と国の交戦権の否定が独立後の国家像として明記されたのです。実際、当時のマックアーサー司令部内ではソ連のヨシフ・スターリン書記長がフランクリン・ルーズベルト政権に送り込んだ工作員=ニューディーラーの行政担当者を中心に「島国である日本は侵略を受けても不法侵入として警察が対処すれば良く、軍事力は必要ない」と言う非武装論を主張する者が多く、再軍備は政治日程に上っていませんでした。
ところが1950年6月25日に突如北朝鮮軍が韓国に侵攻して朝鮮戦争が勃発するとマックアーサー司令部は日本を占領していたアメリカ陸軍第8軍団の4個師団を朝鮮半島に派遣することを決定しましたが、敗戦後の日本では共産革命を標榜する過激な労働運動や在日半島人の凶悪犯罪が頻発しており、占領軍としては各都道府県の地方警察とは別に独立後の治安対応を主任務とする国家警察を創設していても武装化には手をつけておらず、急速な増員も不可能なため新たな武装組織の創設を日本政府に命じたのです。
募集定員は75000人でしたが全員が一律に2等警査=2等陸士とされ、階級による指揮系統は存在せず、採用した隊員の素養を見極めて士官要員200名を選抜し、海軍兵学校の教育施設が残っていた江田島で4週間の集中教育を受けて幹部要員にしました。この他にも警察から補充要員が派遣されていましたが組織が編制されるまでのつなぎに過ぎず、幹部の不足による指揮系統の未整備は深刻でした。
それでも武器としてM-1カービン騎銃や戦車(特車と呼んでいた)が配備されて訓練が始まったのですが、朝鮮戦争の戦況は共産党中国軍が義勇兵の名目で介入したことで平壌まで迫っていた連合軍が半島中央部まで押し戻され、一進一退を繰り返す膠着状態に陥っていました。この事態にマックアーサー司令部内では「日本は島国だから治安維持だけで良い」と言う楽観論は一掃されて、警察予備隊を将来的には防衛任務を負う軍隊的な組織に発展させることが既定路線化して行きました。しかし、この時に採用された旧内務官僚がその後の防衛庁を牛耳ることになり、内局(背広組)と自衛隊(制服組)の相互不信と心理的敵対関係は我が国の安全保障政策に深刻な悪影響を与え続けました。
日本でも明治から戦前を理想とする復古趣味の保守派の政治屋や論客は「日本国憲法を改定して自衛隊を日本軍にするべきだ」と強弁し、それが国際常識であるかのように説明しますが、武力紛争関係法では「武器を公然と携行し」「指揮官によって指揮される2名以上の集団で」「明確な徽章(=一般的に階級章)を装着して」「国際法に拠って行動して」いれば合法的な戦闘員であって軍隊と自衛隊の違いは問題ではありません。むしろ軍隊ではない守勢戦略に徹する武装組織である「ジエータイ」を世界に普及させて国際用語にするべきでしょう。
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  1. 2020/08/09(日) 13:39:43|
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