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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月10日・人類初の飛行士?リリエンタールが事故死した。

1890年の8月10日に人類としては初めて空中を飛ぶことを日常的に行っていたドイツのオットー・リリエンタールさんが墜落して搬送された病院で死亡しました。
リリエンタールさんは1848年にドイツ北東部のアングラムでスウェーデンから移住してきたユダヤ人商人の両親の8人兄弟姉妹として生まれましたが、生き残った3人兄妹では長男になりました。地元の中等学校で学んでいる間に鳥の飛行に関心を持って弟のグスタフさんと共同研究を始めますが実験には失敗したようです。ちなみにウィルバーさんとオーヴィルさんのライト兄弟と同じくリリエンタールさんも兄弟で研究を進めています。中等学校から設計技師になるためポツダムの工業学校に通うようになっても研究を続け、1667年からは空気力学の実験を始めましたが普仏戦争に従軍したため中断し、復員後に技術系の会社に就職すると本格的に空気力学の研究・実験に着手し、やがてはアルプスの崖での実験のためにオーストリアに移住してしまいました。とは言え生活のためにはドイツに戻るしかなく帰国後は1878年にピアニストと結婚し、ボイラーと蒸気機関を製造する会社を起業しました。
リリエンタール兄弟の研究では単純な板よりも中央が盛り上がった骨組みに布を張った翼の方が高い「揚力」を得ることができると言う結論は得ていましたが、近代の航空工学の常識である「速度」「迎角」「揚力」「重力」の相関関係までには至っていませんでした。それでも多くの理論や構造が現在のハングライダーに踏襲されているグライダーを完成させ、当時は大気よりも軽量のガスや熱気による気球が唯一の飛行方法だった中、6年間に最長飛行距離250メートル、2000回以上の飛行を記録したのです。
リリエンタール兄弟は当初、ベルリン郊外の小高い丘の頂上に高さ4メートルの小屋を建てて海抜10メートルから風が強い日を選んで滑空を行いましたが、1884年には自宅近くに全方向からの風で飛べるように円錐形で高さ15メートルの「飛行山(勿論ドイツ語)」と命名した盛り土を造成して実験を本格化しました。現在のハングライダーに比べて飛行距離・飛行時間が極端に短いのは材質の強度や重量だけでなく発進する高さの違いが大きいようです。リリエンタール兄弟はこの実験場で単翼だけでなく複翼や様々な形の翼などの実験を繰り返す一方で研究成果を論文として発表し、各国の新聞社に公開して「人間が空を飛ぶこと」が夢物語ではないと世界に飛行の研究者を発芽させました。
そんなこの日もオットー・リリエンタールさんは飛行山での飛行を実施し、通常のグライダーで3回飛行して50メートルの最長記録を出した後、4回目に新たに開発した羽ばたき式のグライダーで飛行しましたがバランスを崩して15メートルの高さ(現在のビルの5階程度)から落下、頚椎を損傷して馬車で自宅に運ばれた後で意識を失い、列車でベルリンの病院に移送されたものの事故から36時間後に亡くなりました。
エンジン式の飛行機の設計に着手していたとされるリリエンタールさんがこの段階でプロペラではなく羽ばたき式のグライダーを製作した理由は不明ですが、推力と揚力を同時に発生させられる利点に過度に着目したのかも知れません。
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  1. 2020/08/10(月) 12:39:52|
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