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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2004

女性と一緒に屋外に出る時、男性がドアを開けて安全を確認するのがヨーロッパ流の紳士のマナーと聞いているので私も先回りしてドアノブに手を伸ばした。するとオージェ大尉は身体でそれを遮ってこちらを向いて立ちはだかった。
「モリヤ中佐、もう1つ質問があります」「はい、オージェ大尉」今回の目はこれまでで最も真剣で、流石に後退さりはしなかったが思わず姿勢を正してしまった。
「あの時、モリヤ中佐はパンサー(豹)と私の間に割って入って守ってくれました。モリヤ中佐はサムライの剣を構えていましたが、自分の危険は考えなかったのですか」どうやらこの質問が休暇を使ってオランダまで裁判の傍聴に来た本当の目的のようだ。
「全く考えなかったな。あの時、君は逃げられる態勢ではなかったから私が阻止する以外に対処方法はなかった。仮に私が襲われてもその間に君は逃げられる。そこまでしか頭は働いていなかったよ。軍の士官としては恥ずかしいことだが」これは事実の告白なのだがオージェ大尉は目を険しくして私を見詰めた。どうやら心理の深読みをしているらしい。ヒョッとして佳織と同じように大学で心理学を専攻していたのかも知れない。
「モリヤ佐がコートジボワールに来た時、護身用の銃器の貸与を拒否したのは我がフランス軍です。しかも調査中の警護は我が軍の担当でした。あの状況では私を見捨てても責任を問われることはなかったはずです」こうなると日本的軍人精神を語らなければならなくなる。私は心の中で念佛を唱えて心理状態を久しぶりに日本人に戻してから回答を始めた。意外に知られていないが我が浄土宗の元祖・法然坊源空上人は少年時代、押領司の父を敵視する土豪たちに屋敷を襲撃されて弓を取って戦ったことがあり、殺生の罪を犯したことを認めている。その点が女犯を止められない自分を自己嫌悪していたに過ぎない親鸞とは真剣味が違うのだ。
「カンボジアPKOで日本の文民警察官が待ち伏せしていたポルポト派の残党に銃撃された時、警護に当たっていたオランダ軍は形勢不利と判断して退却した。置き去りにされた警察官は応戦もせずに警察車両に乗ったまま射殺された。当然、日本国内ではオランダ軍の職務放棄を批判する声が上がったが、我々自衛隊だけはそれが軍の行動の常識であることを知っていた。しかし、自衛隊が警護の任務につけば警護対象を捨てて退却することは絶対に許されない。日本の自衛隊にとって命を惜しむことは臆病で卑怯な恥ずべき振る舞いなんだ」「それは第2次世界大戦のカミカゼと同じ精神ですか」「カミカゼと言うのは当時の日本のマスコミの漢字の誤読でシンプーと言うのが正しい呼称だよ」答えの前に悪癖で余計な説明を入れてしまった。
「似ているようで少し違うな。特攻は死ぬことが目的化していたが、我々は死を回避しない不動の責任感だ。責任を遂行して生還すれば素直に喜ぶよ」「だから死を恐れずに私を守ってくれた。モリヤ中佐の背中は子供の頃に聞いた童話のナイト(騎士)のようでした」ここでオージェ大尉はコートジボワールのフェリックス・ウフェ=ボワニ空港で見送った時のように1歩踏み出すと私の唇に自分の唇を押し当ててきた。2度目のフレンチ・キッスだ。ここで抱き締めればディープ・キッスに入ることもできるが、梢との満ち足りた生活を送っている私はオージェ大尉からの「感謝」として受け止めた。
「彼女は証人として使えそうですか」オージェ大尉を玄関まで送ってモレソウダ首席検察官の執務室に行くと唐突に想定外の質問を受けた。法廷から執務室に向かう間にオージェ大尉がコートジボワールに派遣されていたフランス軍の士官であること聞いて利用方法を考えていたらしい。やはり検察官として一枚上手だ。
「彼女はフランス軍は内戦の当事者だからと傍聴に来るのにも軍服を避けたそうです。それにコートジボワールに派遣されたのは内戦終結後のようなのでこちらの訴追事由を補強するような経験はしていないと思います」先ほどのオージェ大尉の態度から見て、私が証言を依頼すれば応じてくれるかも知れないが、治安部隊による反対派民衆の殺害をバグボ政権の命令とする訴追事由を目撃した可能性は低い。私の消極的な返事にソファーの向こうのモレソウダ首席検察官の大きな目に少し不満の色がよぎった。
「モリヤ検察官は現在主張している道義的責任で公判を維持できると考えているんですか。国家指導者の道義的責任は国際法に明文化されていないし、国連が創設される前の極東国際軍事裁判所の判例を国際刑事裁判所が採用するのには無理があるでしょう」「私も道義的責任論で被告を有罪にできるとは考えていません。東京裁判の判例は中国の梅汝璈判事の不当で強引な法廷運営の結果ですから。むしろ敗訴の可能性が高い。しかし、敗訴になってもバグボ被告に国家元首としての道義的責任を自覚させられれば後腐れは起きない」私の重大な本音の告白にモレソウダ首席検察官は目を見開いた大佛さまのように固まってしまった。
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  1. 2020/08/13(木) 12:47:45|
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