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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月16日・東京都が動物園に猛獣の殺処分を命じた。

昭和18(1943)年の明日8月16日に東京都が上野動物園と井の頭自然文化園に飼育している猛獣の殺処分を命じました。
この悲劇は子供たちに戦争の残酷さを教える絵本になり、国営放送などでも朗読されていますが、幾つかの点で事実誤認があります。それは絵本では「軍隊の命令だった」として、その場面では園長と軍服の人物が描かれていますが実際は文官である大達茂雄東京都知事の命令であり、「空襲で動物園が被害を受けて猛獣が逃げ出す危険性」を理由にしていても東京は昭和17(1942)年4月18日に航空母艦から発進したBー25による通り魔的な爆撃を受けてはいてもB-29による本格的な空襲が始まったのはマリアナ諸島が陥落して基地が整備された昭和19(1944)年11月24日からです。
それではここまで良く言えば先行的な対策、悪く言えば先走った処置を命じた大達都知事とはどのような人物だったのかと言えば案の定の内務官僚です。内務官僚は地方行財政や警察(思想弾圧の特別高等警察を含む)、土木、衛生に国家神道も担当していたため周到な根回しと徹底的な取り締まりに長けた独善的で陰湿な人物が多いと評されています。大達都知事は福井県知事や満洲国の国務院総務庁、平沼騏一郎と阿部信行、米内光政各内閣の内務次官、占領下のシンガポール市長を経て東京都知事になっているので戦争の被害も現地で見ているため特別な危機感を抱いていても不思議はありませんでした。
この命令が出る前から動物園としても職員の兵役による慢性的な人手不足と檻などが老朽化しても資材不足で修理が追いつかず猛獣が脱走する危険性が高まっている以上に餌の調達困難が深刻化していました。それでも愛情を持って飼育してきた動物を自ら殺害する決心がつかず、空襲の被害が及ぶ可能性が低い地方の動物園への譲渡=疎開などを模索していましたがそこに命令が下り、上野動物園ではアジア象の「ジョン」を餓死させることを決定(8月29日に死亡した)したのを皮切りにライオンなど14種類27頭が薬物投与や刃物による頚動脈切断、餓死などの方法で殺処分されたのです。同時期に井の頭自然文化園でも熊2頭が殺処分されています。
この動きは戦局の悪化による危機意識と共に全国に広まり、昭和19(1944)年3月には大阪市立動物園で10種類25頭、京都府の丸山動物園で13頭が殺処分され、兵庫県の宝塚動植物園や仙台市立動物園、福岡市記念動物園でも殺処分が行われました。その中で名古屋市の東山動物園では昭和18(1943)年10月に陸軍の要請でライオン2頭と熊1頭だけ銃殺したものの郊外に所在していたため「空襲による脱走の危険性は低い」と考えられて殺処分を回避していたのですが、昭和19(1944)年12月13日の名古屋大空襲で事態は一転し、残っていたライオン2頭や豹2頭、虎1頭、熊9頭が猟友会によって射殺されました。
ただし、これは日本だけではなくバトル・オブ・ブリテン時のイギリスでも殺処分が行われていますが、逆にナチス・ドイツでは連合軍による空襲や戦争末期の地上戦の巻き添えになって大切に飼育されていたライオンやハイエナ、象などの動物が死んでいます。
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  1. 2020/08/15(土) 12:51:16|
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