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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2007

タイのアパートも欧米式に入居すればそのまま生活を始められるように家具や電化製品、食器が揃っている。そのため食材や調味料、洗剤などの消耗品を買うだけ済む。本間は「今夜もデモを見に行く」と言う杉本に手料理を振舞った。同行は「疲労回復のため休め」と拒否されてしまった。これが気遣い=優しさであれば幸せだ。
「幕末史では薩長土肥はどうやって倒幕したんでしたっけ。日本で見ていた大河ドラマも色々あり過ぎて学校で習った日本史とは一致しなくなっていました」夕食のオカズはタイでは一般的な川魚(サイズは鯖並みに大きい)をお頭つきで丸焼きにして男根おろしを載せ、醤油をかけた日本の家庭料理だ。それに味噌汁と胡瓜・ワカメの酢の物もついている。杉本が少し驚きながら手を合わせると向かいの席で少林寺拳法式に手を合わせた本間が質問してきた。
「俺は河井継之助の信奉者だから教科書通りの歴史は語らんぞ。それでも今の時点で復習しておくのは有益だな」杉本は箸を取って質問に答えた。この川魚も鱗を丁寧に取って内臓も除いてあり、料理の腕は自己申告通りのようだ。
「尊皇攘夷なんて狂気で欧米列強に対抗できる訳がないからその中心だった水戸と毛利は自滅した。水戸は関東で在留外国人の無差別テロを繰り返した揚げ句に天狗党の内乱だ。毛利は京都で尊皇攘夷派の公家を利用して幕府が万国公法に則って平和的に締結した条約を否定して、鎖国を国是として国交断絶を約束させた。それに乗せられていた孝明天皇が信を置く公家から最新の国際情勢を説明されて『尊皇攘夷の狂気が国家を滅ぼす』と考え直すと身柄を拘束して山口まで連行しようとした。それが事前に発覚して毛利が追放されたのが8月の政変で、その逆恨みの暴動が禁門の変だ」「この辺りからタイの政変に通じてきますね」タイの川魚は大味なのか醤油を多めにかけた本間は妙に難しい顔をして相槌を打った。
「毛利の狂人・吉田松陰は弟子には尊皇攘夷を説きながら実際は天皇を国家を統合するための道具としか考えていなかった。だから直弟子たちは天皇を誘拐することや皇居に発砲することに罪の意識はなかったんだ」「何だかタイの現状に近づいてきたみたいです」杉本が手料理を食べてうなずいているのを見て本間も安心して電気炊飯器で炊いたタイ米を頬張った。食感や味はアメリカで食べているカリフォルニア米に比べるとかなり落ちるがそこは仕方ない。それよりもカリフォルニア米で満足できるようになってしまった自分が残念だった。
「禁門の変の懲罰としての第1次毛利征伐、藩政が過激派に乗っ取られたことへの第2次毛利征伐、この間に島津を使って南北戦争の終結で余った大量の武器を密輸して毛利に流したのが悪徳武器商人の坂本竜馬だ。それで幕府が敗北して権威は完全に失墜した」「坂本竜馬は嫌いですか」杉本から初めてこの見解を聞いたため本間は無意識に訊き返してしまった。すると意外にも「我が意を得たり」と言う顔で答え始めた。
「戦後まで坂本竜馬は高知で子供が言うことを聞かないと母親が『竜馬さんが来るよ』と脅すような危険人物だったんだ。ところが司馬遼太郎の『竜馬がゆく』がベストセラーになり、それを国営放送が大河ドラマにしたから郷土の英雄に逆転した。しかし、やったことを見れば無用な戦争を扇動して大量に武器を売りさばいた悪徳武器商人以外の何者でもない」ここで杉本は開けてある缶ビールを飲んだ。表情から見て続きがありそうだ。
「司馬先生は河井継之助が主人公の『峠』と『竜馬がゆく』をワンセットの作品だと考えていたそうだが、国営放送は山口県出身の佐藤栄作首相の顔色を窺って『峠』は大河ドラマにはしなかった。だから現代の日本人まで歴史観が歪んでしまっているんだ」河井継之助を語った杉本は満足そうにビールを飲み干した。
「ところが孝明天皇は幕府を見捨てることなく毛利に和睦と国難に際しての協調を命じた。それで宮中の隠れ倒幕派の岩倉具視が毒を盛った。後任は14歳の明治天皇だから神輿を担げばどこへでも連れて行ける。実際、明治天皇は死の床に伏せている岩倉具視を見舞って『本当にお前が父に手を掛けたのか』と訊いたと言う逸話が伝わっているぞ」東京の聖徳記念絵画館に展示されている北蓮造の「岩倉邸行幸」はこの場面だが、最近の解説では臣下を思いやる明治天皇の慈愛と掛け布団に袴を置いて儀礼を整えて迎えた岩倉具視の感慨を描いたことにされている。
「ラーマ9世は高齢ですから暗殺するまでもないですが、タイ国民の王室への忠誠心が変わらない以上、両陣営の王太子を取り込むための策謀が激しくなりそうですね」「前もって王太子を殺して立憲君主制そのものを崩壊させる手は考えないかな。毛沢東ならそのくらいは平気でやるだろう」本間の見解に杉本は冷静ではなく冷淡な可能性を示唆した。やはり華僑の親中派の方に亡国の臭いを感じているらしい。
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  1. 2020/08/16(日) 12:21:29|
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