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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2010

「お母さん、お父さんが変なことをしてるよ」ニューヨークの岡倉家での日常会話用は日本語になっている。松山1佐から杉村姓の公式に作成された偽造パスポートを受け取り、アメリカ在住の日本人として暮らし始めた以上、聖也には頭脳内での思考も日本語にさせなければならない。そんな聖也が台所で夕食の片づけをしている知愛に日本語で報告に来た。
「お父さんはお部屋で仕事をしているんでしょう。邪魔になるから覗いては駄目よ」「ううん、変な体操をしてるよ」聖也の顔が真剣なので知愛は洗い終わった食器を水切りカゴに立てて手を拭きながら後についていった。
「貴方、何をしてるの」2LDKの岡倉の仕事部屋に入ると床に置いたクッションで頭を支柱にしてブリッジしていた。何度もソウルの実家で一緒に過ごしているがこんな場面は見たことがない。呆気に取られながら声を掛けた知愛に岡倉はブリッジをしたまま照れたように笑った。
「とうとう見られちまったな。俺は大学時代からプロレスのトレーニングを欠かさないんだ。ヒンズー・スワットを1000回、猪木式アーム・スワット(=柔道の「すくい」のような腕立て伏せ)を1000回、ブリッジを1時間、その他もろもろ」説明しながら岡倉は首の筋肉を鍛えるように前後左右に身体を動かした。言われてみれば岡倉はボディービルダーのような不自然な体型ではないが引き締まった強靭な筋肉が備わっている。ただし、この数字は仕事部屋にこもっている時間から考えると過剰申告かも知れない。何にして仕事部屋から汗だくになって出てくるとそのままシャワーを浴びる理由が判った。
「つまり貴方は今もタイガー・ジェット・シンイチローなのね」「そんなところだ」岡倉は頭を支点にして体の向きを変えると手をついて立ち上がった。
「お父さん、プロレスって何」「そうか、アメリカではレスリングって言うんだったな」今日も汗ビッショリになっている岡倉に聖也は少し憧れがこもった視線を送りながら質問した。アメリカではオリンピック種目のレスリングはグレコやフリーと呼んでスポーツと考えているのに対して観客を集めて興行するレスリングのショーはエンターテイメントと見ている。そのため日本のようなプロとアマの区分は介在しないのだ。
「僕にプロレスを教えて」「シャワーを浴びてからな」岡倉は聖也の頭を撫でて部屋を出ると知愛は後に続いて下着を取りに寝室に向かった。
シャワーを出た岡倉は何故か猿股(サルマタ)一丁で家族を寝室に連れていった。早い話がリング・コスチュームなのだが、大学時代は外国人レスラー=仇役だったのでバスローブでリングガウンと洒落こむつもりはないようだ。
「基礎練習は次回からにして今日は技を体験させてやる」「食べた物を吐かないかな」「1時間たっているから大丈夫だろう。舌を噛まないように奥歯を噛み締めるんだ」指示した岡倉は聖也を抱き上げると逆さまにしてベッドに仰向けに倒れながら背中から落とした。
「これがブレンバスターだ」夫婦用のダブルベッドは聖也には小さめのリングになる。聖也は大喜びしたが知愛は半分立腹した顔で畳んであった掛け布団をマットの全面に広げた。
「やっぱり安全な投げ技はあまりないな」本当はルー・テーズのバックドロップの方が基本なのだが頭から落とす技は初心者には危険なので避けた。そうなるとカール・ゴッチのジャーマン・スープレックス・ホールドも体験させられない。
「次は痛いぞ」仕方ないのでザ・デストロイヤーの=フィギア・4・レッグロック=4の字固めにした。勿論、力は入れていないが聖也は「痛い」「痛い」と言いながらも逃れようと暴れる。この闘争本能なら見込みはある。股裂き、海老固め、逆海老固めと続けたが、それでも過度な苦痛を与えない関節技もあまりない。
「そうなるとコブラ・ツイストだが・・・」岡倉は独り言を呟くと大喜びしている聖也の後ろで心配そうに見ている知愛の顔を見た。どう考えてもコブラ・ツイストやオクトパス・ホールド=卍固めは聖也には無理だ。そうなると相手は1人しかいない。
「優しくしてね」「勿論、痛かった言えよ」岡倉に促されてベッドの前に立ち、背後から抱きつかれた知愛は手で姿勢を変えられて困惑しながら訴えた。
「痛い」知愛の身体が岡倉の下半身で固定されて腕を巻きこむように捩じり上げられると思わず悲鳴を上げてしまった。すると興味深そうに見ていた聖也が蹴りを入れてきた。
「お母さんを苛めるな」本当はストレッチされているように気持ち良かったのだが、聖也に効果を判らせるため悪戯っ気を出して口にした冗談だった。
「聖也、お父さんがいなくてもそうやってお母さんを守ってくれよ」本気で攻撃してくる聖也に岡倉は優しく話しかけた。知愛はその言葉に夫が新たな仕事を持ち帰っていることを察した。
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  1. 2020/08/19(水) 13:08:10|
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