FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月23日・サッコとヴァンゼッティの死刑が執行された。

1927年の明日8月23日に1971年公開の映画「死刑台のメロディ」では冤罪の被害者と断定的に描かれているニコラ・サッコ死刑囚とバルトロメロ・ヴァンゼッティ死刑囚の電気椅子による死刑が執行されました。
この裁判は1919年にマサセッチューセッツ州で製靴会社の現金輸送車の強奪未遂事件と1920年4月に製靴会社で5人組の犯人に経理部長と警備員が射殺されて1600ドルを強奪された殺人強盗事件を翌5月に逮捕されたイタリア系移民で無政府主義者だった製靴職人のサッコ死刑囚と魚行商人のヴァンゼッティ死刑囚の2人の犯行として審理したものです。当時のマサセッチューセッツ州、中でも裁判所があったボストンでは第1次世界大戦後の不景気を巡る労働争議が激化していて、その原因が無政府主義者による共産主義運動の扇動と思われており、警察は2人の犯行や共謀を裏づける明確な物的証拠もなく徴兵を拒否した無政府主義者と言う経歴だけで逮捕し、5人組と言う目撃証言がありながら2人の犯行として立件し、検察も刑事告訴したのです。おまけに裁判所が選定した陪審員の多くも労働争議の被害に遭っていて無政府主義者には敵意を抱いている人物だったので裁判は検察の思うままに進行し、翌1921年7月14日には死刑判決を評決しました。
ところが警察の逮捕の不当性や検察側の証人が金で雇われた偽者だったことが次々に暴露され、無政府主義者に対する偏見による冤罪とする抗議運動が全米だけでなくヨーロッパなどでも湧き起こったのです。これに対して裁判所は弁護側の再審請求を拒否し、マサセッチューセッツ州知事も特赦を拒否しましたが、刑の執行は保留されました。しかし、抗議運動が国際化し、フランスの詩人のアナンドール・フランスさんやアメリカの哲学者のジョン・デューイさん、ドイツの物理学者のアルバート・アインシュタインさんなど多くの著名人が参加したためマサセッチューセッツ州も放置できなくなり、1927年4月9日に特別委員会を設置し、国際的な助命嘆願を棄却した上で死刑判決を支持したため刑の執行が決まったのです。この決定を受けて全米で激しい抗議運動が始まり、多くの支援者が逮捕拘束された中、刑を執行する拘置所は全周をサーチライトで照らして警察官が機関銃を構える厳戒態勢を敷き、午前0時19分にサッコ死刑囚、27分にヴァンゼッティ死刑囚の刑が電気椅子で執行されました。それにしても10分間で遺骸を担架に移し、脳髄や便尿が付着した椅子を掃除してヴァンゼッティ死刑囚を座らせての連続執行には驚きます。
それから50年後の1977年7月19日に1988年の大統領選挙の民主党候補としてジョージ・B・W・ブッシュ候補を上回る支持率を得たことで名を馳せることになるマイケル・デュカキス知事が2人の無罪を公式に発表しましたが、裁判所は誤審を認めていません。ちなみにデュカキス知事が死刑廃止論者であることをブッシュ陣営がネガティブ・キャンペーンに利用したことが逆転された理由の1つでした。冤罪と断定する人権活動家の胡散臭さは日本も同様なので「司法史」としてのみ紹介しておきます。
スポンサーサイト



  1. 2020/08/22(土) 13:59:12|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ2014 | ホーム | 振り向けばイエスタディ2013>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6341-026852e3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)