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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2015(一部、実話です)

梢の提案を採用したため年末に向けて大掃除をするはずが書き初めの反対の書き納めをすることになった。と言ってもクリスマス・カードの返事として送る年賀状に相応しい言葉を選ぶのが先決だ。私は仕事用の机にA4サイズに切ってある和紙と書道具を用意してからパソコンを立ち上げ、データー化している法語、道歌、和歌、短歌を検索した。
「門松は 冥土の旅の 一里塚 馬籠もなく 泊り家もなし・・・やっぱり一休禅師のこれが良いな」キリスト教では佛教のように「死」を直視することがなく、肉親や友人の死に直面すると呆然自失してしまうことが多い。その点、この道歌なら正月早々に杖の先に髑髏(シャレコウベ)を差して家々の門前に立ち、「ご用心、ご用心、この通り、この通り、目が出てるぞ、目出度い、目出度い」と声をかけて回った一休禅師の警句を紹介できる。ところが持ってきたテーブルの椅子で隣りに座っている翻訳担当の梢は難しい顔をした。
「歌としては意味深長な割に軽妙洒脱で面白いけど、ニュアンスを変えずに英語に翻訳するのは無理じゃあないかな」「確かに・・・」言われてみれば「門松」は「ゲート・パインツリー」と直訳しても意味が通じず長々と説明せざるを得ない。「一里塚」も直訳すれば「マイル・マーク(マイルの目印)」かも知れないが欧米にそのような設備があったと言う話は聞かない。そう言う訳で一休禅師は落選になった。
「つまばつめ とまらぬ年を ふるゆきに きえのこるべき わが身ならねば・・・良寛は気取りがあるから好きじゃあない」好きでなければ読まなければ良いのだが、日本では何故か一休禅師と良寛和尚は同格一対扱いになっているので仕方ない。詠み上げて梢の顔を見ると今度は困った顔をしていた。
「ヨーロッパの人に積もった雪がやがて溶けて消えていく自然現象と人間が生まれて死んでいく事実を重ね合わせることができるかな」「まったくだ」北海沿岸のオランダやドイツ、フランスは緯度が高いだけに冬の日照時間は極めて短く(明るいのは午前9時頃から午後5時前まで)、積もった雪は凍りついて溶けるのは春になってからだ。今、この道歌を送られても理解してもらえるとは思えない。やはり始めから読まなければ良かった。
「これはどうかしら」その後も西行法師や沢庵禅師、木喰上人などの道歌を確認したが季節感が花や月であり、例えが昔の生活用具だったりして落選が続いた。そこで和歌のページを開くと梢は冒頭の一首を指差した。
「これは陛下が昭和21年に詠まれた御製だぞ」「でも意味が深くて格調高くて厳しさがあって貴方の人生訓そのものじゃあない」梢が言う通り、この御製は昭和64年1月7日に陛下が崩御された時、私の「殉死」の決意を察知した当時の中隊長の小野沢1尉に基地内監禁として1週間連続で当直勤務を命ぜられ、基地売店で購入した書籍の中から見つけたのだ。
「ふりつもる み雪にたへて いろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ」梢が詠み上げるとあの時の足元が崩れ落ち、太陽が燃え尽きたような絶望感が甦ってくる。生きる支えだった梢を失って以来、美恵子との生活は過剰な暖房のようなもので私の人生は正に真冬だった。
「沖縄は雪が降らないから知る機会がなかったけど『凛』とした気迫が昭和の陛下だわ」梢は私が高校時代、愛知県で行われた全国植樹祭に生徒会長として参加して間近に拜した昭和の陛下に眩いばかりの御稜威(みいつ)を感じた体験談を聞かされているので、沖縄の教育者やマスコミが主張する「戦争責任」には同調していない。
「あの時、小野沢1尉に『乃木は愚か者でも大将だ。お前はまだ3曹に過ぎない。明治天皇は大将が殉死したのに昭和天皇が3曹ではかえって恥をかかせてしまうぞ』って制止されなければ包丁で腹を切るか、海で沖に向かって泳いで殉死しただろうな。まさかお前ともう1度暮らせる日が来るなんて思いもしなかったよ」「私は信じてたよ。私の片想いだったのね」梢の言葉に振り返ると目と口元の表情の組み合わせが滅茶苦茶な不思議な顔をしていた。要するに心の中で喜怒哀楽が同時に発生したのだろう。
送る歌が決まったところで私が墨を磨り、梢はテーブルに移って翻訳に取り掛かった。こんな時にも英和・和英辞典ではなく英英辞典(日本語の国語辞典に当たる)を使うところは流石だ。
「素敵、落款が渋いわね」新聞紙で練習をした後、清書をして署名、落款印を押すと掛け軸にしたいような出来栄えになった。この落款印はカンボジアPKOの時、茶山1尉が作業現場で拾った美しく固い石をくれたので善通寺に帰ってから親しくしていた坊さんの指導を受けて篆刻したものだ。落款印には赤地に白い文字の姓名印と枠と文字が赤の雅号印、そして形も内容も好みで良い右上に押す関防印の3つがあり、私の姓名印は「大空任人」の僧名、雅号印は「現代僧兵」と職業、関防印は「梢命」と彫っている。だから家では使えなかった。
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  1. 2020/08/24(月) 13:11:11|
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