FC2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2018

日程は田島1尉に「1月25日の土曜日にキャンディのダラダー・マーリガーワ寺院=佛歯寺を参拜したい」と言う希望だけを伝えて検討してもらった結果、1月23日の木曜日から1月29日までの1週間になった。1月25日にこだわったのは6年前の1998年1月25日にタミル・イーラムの虎が爆発物を満載したトラックで旧王宮の国宝であるこの寺院に突入して建物が全壊した事件があったからだ。幸いにして王権の象徴だった釋尊の犬歯と容器は日本の曹洞宗の貫首がスリランカ人の弟子から「佛歯寺がテロの標的になっている」と聞き、私費で防弾ガラスを寄贈していたため無事だった。
「ヨーロッパでエア・ランカ(=スリランカ航空)が就航しているのはロンドンのヒュースロー空港だけみたい」日程が決定すればプランニングの達人・梢が始動する。先ずは英語版の旅行ガイドブックを買ってきての下調べからだ。ついでにスリランカの公用語であるシンハラ語の短期講座を探したらしいが見つからず、同じ書店で英語とシンハラ語の対比本を探してきて自主学習を始めている。
「イギリスの旧植民地だから今もつながりが深いんだな」私のスリランカに関する情報はチベット問題以降、連絡を取るようになったタイの僧侶から聞いているだけだが、スリランカと東南アジアの南方佛教は同一の教義と戒律なので交流はあるらしい。
「ところでスリランカでの交通手段はどうするつもりなの」「私的旅行だから田島1尉に頼む訳にはいかないから観光地はレンタカーで回るんだな。それでも北部の紛争地帯に立ち入るには公用車でなければ駄目だろう。紛争地帯にはワシが1人で行くからお前はホテルで待っていなさい」私の答えに梢は厳しい顔で考え込んだ。スリランカ内戦が終結したのは2009年5月18日なのでまだ5年にもならない。私がカンボジアPKOに出征した1992年3月はベトナム軍によってポルポト派が壊滅させられて7年目だったが、各地で残党によるゲリラ戦が頻発し、日本人も犠牲になった。それを考えれば梢は安全地帯で待つしかない。
「やっぱり私がついていくと現地の政府軍は迷惑なんだろうね」「対人地雷の除去も進んでいないそうだから特別な理由がない文民を立ち入らせることはできないはずだ。しかし、ワシまで拒否されれば武力紛争関係法の宗教者の通行権を行使して勝手に現地を見てくるぞ」武力紛争関係法の規定では医師や衛生要員の救命・医療行為と同じく宗教者が宗教儀礼の目的で通行することを現地部隊は拒否できない。その代わり危険は自己責任なのだが、これに「私も連れてって」と言うほど梢は子供ではない。私と一緒であれば「死をも怖れない」覚悟に変わりはないが、「足手まといになってはいけない」と言う分別が人一倍強いのだ。
「それじゃあ私はバブニアのホテルで待っていることになりそうね」「と言っても田島1尉から『現地視察の許可が下りた』って返事は届いていないんだよな」ここが私的旅行の辛いところだ。モレソウダ首席検察官には「田島1尉に懇願された」と説明したが、実際は「母国のような国ですよ」と言われただけで、業務上でも個人的な興味で現地を視察するのだ。仮に正規の手続きを踏んで国際刑事裁判所検察部としての公式な視察にすれば国連の人権委員会を刑事告発に誘うようなもので、私の見解とは逆の結果を招きかねない。
「今回の非難決議を作成したのもスリランカ人の皮をかぶった在アメリカ過激人権活動家のクマラスワミと同じくインドネシアのキリスト教系大学の名誉博士のマルシキ・ダルスマンだから、ヨーロッパのキリスト教教条主義者の人権活動家どもの意のままなんだ。これは日本のキリスト教徒にも言えるが、アジアのキリスト教徒は佛教やイスラム教、ヒンドゥー教を敵視する傾向が極端に強いから、佛教国のスリランカ政府を野蛮な邪教徒とする先入観で端(はな)から結論を出した上でその先入観を持って調査したに違いない。とワシが先入観を持っていては本末転倒になるがな」私の自嘲に梢も口元だけで応じた。
それにしても国連人権委員会は調査責任者の人選から許し難いほど姑息で、これが国際社会の人権を議論する機関なのかと怒り心頭に達してしまう。今思えばスイス旅行でジュネーブに寄った時に入った国連人権委員会の建物の壁に抗議文を貼ってくれば良かった。あの建物で「人種差別の根絶」を訴えた新渡戸稲造が泣いているだろう。
「貴方って本当に凄い検事よね。感心してしまうわ」「惚れ直したか」「私は惚れ直しようがありません」折角の誉め言葉を茶化してしまったが、その間にある事実を思い出した。
「日本で暴れ回っている東京地検特捜部の経済捜査の手法を確立した河井信太郎検事は我が蒲郡高校の先輩だからな(実話)。後輩としては後に続くしかないぞ」実際は蒲郡農学校中退なので私の某大学法学部と同じだが、蒲郡の多様な価値観全面肯定・手段を選ばず好き放題の気風に色濃く染まっているところは同種の生物なのかも知れない。
スポンサーサイト



  1. 2020/08/27(木) 12:58:13|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ2019 | ホーム | 振り向けばイエスタディ2017>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/6350-a4abc685
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)