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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

8月29日・洗礼者ヨハネの「斬首」の祭日

明日8月29日はカソリック(東方教会やギリシャ=ロシア正教会はユリウス暦なので9月11日)の洗礼者ヨハネの「斬首」の祭日です。
洗礼者ヨハネは旧約聖書のイザヤ書やマラギ書に「創造主の道を備える者」として出現が予言されているそうで(個人名や具体的な出自は示していない)、新約聖書のルカやマタイの福音書では「父は祭司、母のエリサベトはイエスの母のマリアと親戚」「イエスと同様に母は大天使ミカエルの受胎告知を受けた」「駱駝の皮を身にまとい皮の帯を締めていた」「ユダヤ人の選民としての思い上がりを糾弾し、悔い改めた者の清めの儀式として洗礼を行った」「イエスを洗礼した」と具体的な人物像を紹介しています。
このため東方教会やギリシャ=ロシア正教会、カソリックでは「イエスの先導者」として12使徒よりも格上とされ(12使徒のヨハネ=元漁師で最初の弟子は別人)、祝日も9月23日の懐胎、6月24日の誕生、8月29日の斬首の祭日、埋葬された首が発見された2月24日と5月29日、さらにカソリックでは6月24日を聖名の祝日としています。実際、ルネサンス期以降に描かれた宗教画では実年齢は2から6歳年長だったにも関わらず同じ年頃の幼児としてマリアの足元にイエスと一緒に描かれていることが多いのです。
そんなヨハネが斬首されたのを伝統的なキリスト教会は「殉教」としていますが、実際はイエスとは関係なく、キリスト教に対する迫害に巻き込まれた訳でもありません。
パレスチナの領主・ヘロデ・アンディパスは弟の妻であるヘロディアと不倫関係になり、正妻を追い出して後妻に迎えたことをヨハネに非難され、妻から殺すようにそそのかされていたのですが、庶民に人気があるヨハネを殺すことができませんでした。そんな時、ヘロデの誕生を祝う宴席でヘロディアの娘のサロメが踊りを披露し、それを誉めたヘロデが「褒美に望む物を与える」と約束したため、迷っている娘の耳元でヘロディアは「ヨハネの首と言え」と命じました。こうして洗礼者・ヨハネは斬首されたのです。
ただ新約聖書にはサロメと言う名前はなく、単に「ヘロディアの娘」とされていますが、古典「ユダヤ古代誌」に聖書と同じ両親の娘としてこの名前が出ています。ルネッサンス以降の宗教画でもこの名前を用いた多くの作品が残されており、ヨハネの首が載せられた銀の盆を持った少女が冷たい微笑みを浮かべているのが普通ですが、野僧は国立西洋美術館で見たギュスターヴ・モロー作の「牢獄のサロメ」が好きです。こちらは牢獄の壁際で奥の部屋で首を刎ねられるヨハネの様子を不安そうにうかがっている情景です。
日本人は洗礼と言うと密教の灌頂や禅宗の洒水のように頭上から水を降り注ぐ儀式と思いがちですが、アメリカで大きな教勢を持つバプテスト派(=邦訳すれば洗礼派)では川や湖で全身を水に入れて清める儀礼です。ヨハネがイエスを洗礼したのはヨルダン川だったとされていますから、やはり全身を水に漬けて行ったのでしょう。
ちなみに友人の福岡県春日市のバプテスト教会のアメリカ人牧師は市内に適当な場所が見つからず悩んでいたので「市営プールではどうか」と提案してのですが却下され、最終的には脊振山中の滝壷にしたのですが、そこは修験者の滝行の道場=聖地でした。
38d・洗礼者ヨハネの首を持つサロメ「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」
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  1. 2020/08/28(金) 12:48:16|
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