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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2021

杉本と本間が手分けして敵対する双方への接触を強化していた1月13日に反政府デモ側は「バンコク封鎖」を宣言した。これまでデモと座り込みの人的障壁によって交通を遮断していた中心街の交差点にバリケードを築く一方で、武装デモ隊に防御させながら電気や水道の設備を破壊して外国企業が営業を維持できない状況を生起させたのだ。
「いよいよ始まりましたね。インラック政権側はデモ隊が証券取引所を占拠すると言う情報も入手しているようです」「結局、インラック政権の高支持率が好調な国内景気を背景にしていると見たデモ隊が非常手段に訴えたと言うところだろう。日本で景気が失速すれば国民の反発を招くだけだがな」本間から集中講義を受けて休暇不在間のタイの国内情勢の推移を理解した杉本は似合わない体育会系の反応を示した。ここは本間に染められたのかも知れない。
「問題はインラック政権も警戒している国際空港の占拠と閉鎖ですが、実行されると我々も出国できなくなります」「俺は長丁場を覚悟しているがお前は帰りたいのか」「勿論、貴方と一緒なら・・・」杉本と本間は意外にもまだ口づけも交わさない清く正しく美しい関係なのだが、意識はかなり強く結びついてきた。これは波長の同期と言うものか。
「貴方はどこを区切りと考えているの」「一応、インラック政権の退陣だが、それが追い込まれての辞任になるのか、国軍のクーデターによるのか、それ以外の力が働くのかを見ておきたい」杉本が言う「退陣」は日本では徳川慶喜による大政奉還、「それ以外の力」は2・26事件における昭和天皇の意向=威光を差す。しかし、本間は華僑の指導者の口から「タクシン政権の時のように憲法裁判所が違憲を宣告する事態を怖れている」と聞いている。彼はそれを司法クーデターと呼んでいた。実際、憲法が完全に機能停止している中で政権を担当していれば司法に「違憲」と断定されるような事態があっても不思議はない。
「私も同感ですが、台湾の学生の反馬英九政権運動も活発になってきていますから主担当としてはこちらを優先しなければいけません」「あちらは事態の急変が迫っているのか」「台湾は高度なネット社会なので情報の周知や活動の拡大が急速なんです。本当は貴方にも一緒に来てもらいたいんですが」深刻な事態について話し合っていながら妙に甘い空気が漂い出した。何にしても事態の鎮静化の可能性は皆無に等しく、逆に過激な方向に暴走を始めている以上、杉本と本間の変則的同棲生活は当面維持される。
「杉本が私に接触してきた目的は・・・」クミコ・トミタ少佐は夢心地の年末年始休暇を終えてサッタヒープに戻ってからは杉本と連絡が取れなくなっていた。雑誌記者としては現在の緊迫する事態の取材を逃すことができないことは在韓アメリカ海軍司令部の広報官だった経験で熟知している。その一方で「子供が欲しい」と言う女として切実な願いを拒否されたことが不信感を生み、会えない苛立ちと空港に出迎えていた女性の同僚=本間への嫉妬が重なり、源氏物語で光源氏が自分を捨てて愛するようになった葵の上を呪詛によって殺そうとした一条の御息所のように鬼気迫るほどの悶々とした生活を送っていた。
「あの時、私が抱かれてしまったのは・・・」杉本との出会いは韓国海軍のコルベット(=小型戦闘艦)・天安の沈没事故の記者会見だった。会見場の外で待っていた杉本に事故とは別の重大案件の取材を申し込まれ、ホテルで夕食を共にして酒を飲んだ。その時、今まで経験したことがない性的衝動を感じ、そのまま肉体関係を持ってしまった。
「あの時の飲み物に何か薬を混ぜたのかも知れない」トミタ少佐の多くはない性体験であのように身体の底から湧き起こるような性的衝動を感じたことはなかった。下腹部が熱く焼けるようになり、それを冷却するはずの理性が蒸発して制御不能になった。
「媚薬って興奮剤があるって聞いたけど、私を抱くために使ったんじゃあないかしら」自分の醜態を打ち消すため推理は杉本に悪人役を押しつけた。トミタ少佐は厳格な貞操観念を日系人の両親から植えつけられて育ったため、初体験はハワイの大学を卒業して海軍に入ってからだった。同じ艦に乗務していた中国系の上官が助力してくれることに心を許して寄港地で一緒に酒を飲んだ後、抱かれてしまった。しかし、上官はトミタ少佐の純潔を奪ったことで占有物として扱うようになり、艦内でも関係を持つようになってしまった。それが乗員の間で評判になり、やがて上官の妻に知られたことで艦を下ろされたのが司令部勤務になった理由だ。
「杉本は本当に日本人なのかしら。母国語のように英語と韓国語を話すし、今度はタイ語を学んでいる。雑誌記者が取材に使うには幅が広過ぎるわ」所詮、トミタ少佐が抱く疑惑は軍事常識限定だ。確かに杉本と出会った2010年3月26日のコルベット・天安の撃沈事件以降、北朝鮮は敵対的態度を激化させ、11月23日には延坪島砲撃事件を起こしている。トミタ少佐は「杉本は北朝鮮の工作員として自分に接近した」と言う勝手な推理に納得してしまった。
TamlynTomita7イメージ画像
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  1. 2020/08/30(日) 10:55:17|
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