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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2024

翌朝はホテルの食堂で日本的にはアメリカのケロッグ社の商品になるコーンフレークとフルーツ・サラダを朝食にしてビクトリア駅から地下鉄で45分のヒースロー空港に着いた。ターミナル3のエア・ランカ(スリランカ航空)のカウンターで搭乗手続きを終えて乗客の待合席に座ると周囲の喧騒が別世界からの音響ように聞こえてきた。
「インド人の乗客は賑やかに騒いでるけどエア・ランカの人たちは静かに穏やかに待ってるわ。やっぱり佛教国は国民性も違うようね」広いロビーには各航空会社の乗客待合席が設けてあるが、インド人と中国人の乗客たちは競い合うように大騒ぎしている。その点、エア・ランカの乗客たちは話をするにも顔を寄せ合って古い日本人のように控え目だ。
すると間もなくサリー風の衣装を着たキャビン・アテンダントが2人歩いてきて合掌で丁寧にお辞儀をした後、英語で説明した。やはり発音の響きがアメリカ式とはかなり違う。何よりも巻き舌を使っていないので言葉が明瞭で片仮名でも記述できそうだ。
「私どものエア・ランカにご案内する時間になりましたが、本日はお坊さまが3人搭乗されますので一般のお客さまはその次になります」説明によるとエア・ランカでは坊主が優先されるらしい。流石は佛教国らしい対応だが私も坊主の端くれだ。ただし、日本の坊主でも鎌倉佛教の宗派は東大寺、太宰府の観世音寺、下野の薬師寺の戒壇院のインドからの佛戒ではなく、比叡山の大乗菩薩戒を受けているため海外では佛教の僧侶とは認められていない。幸い今回も迷彩服を着ているので「私も坊主だから優先して」と試してみることはできなかった。
「お待たせしました。それでは番号の数字が大きい奥の座席のお客さまから機内へご案内します」キャビン・アテンダントは小型の無線で連絡を受けると立ち上がっていた私たちを先導した。1人は最後尾から着いてくる。移動中も静かで葬列のようだ。
「流石に暑いね」11時間30分の飛行でコロンボ空港に到着した時には夜だった。日本やヨーロッパでは見なくなったタラップの階段を下りると夜とは言え流石に暑く、1月のオランダとはかなりの温度差を感じる。私は機内で迷彩服の袖を巻いて肘から下を露出し、、梢も羽織っていたカーデガンを脱いだが対策としては不十分だった。
「モリヤ2佐、お久しぶりです」入国手続きを終え、荷物を受けとってロビーに出ると田島1尉と奥さんが私服で迎えに来ていた。田島1尉は守山で一緒に勤務した頃には結婚していて幹部官舎に入っていたが、私が佳織の独身幹部=陸曹用の棟だったため会う機会がなく初対面だ。
「お久しぶりです。色々無理を言って悪かったね」私が挙手の敬礼を省略して手を差し出すと田島1尉も応じた。やはり大使館で勤務していると握手もサマになっている。
「こちらは・・・」「秘書の安里梢です」私と田島1尉が握手している間、奥さんは困惑した顔で梢を見詰めていたが、手を離したところで確認してきた。梢の自己紹介に2人は顔を寄せて小声で何かを話し合った後、田島1尉が真顔で質問と言うよりも詰問してきた。隣りで奥さんは険しい目で梢を見詰めている。
「ホテルは『同室で可』と言うことだったのでツインで予約していますが」「ダブルかスイートでも良かったな」私の返事に奥さんは私の顔を睨みつけた。奥さんとしては「不倫旅行を手伝わされた」と思い込み、女性としての怒りが胸の中で燃え上がったらしい。
「これは2人だけに告白するが、ワシは殺人事件の刑事被告になっていた拘置所生活で性的能力を喪失したんだ。不倫したくてもできない究極の安全牌だから、オランダで梢と一緒に暮らしていることはモリヤ1佐も認めている。君たちは何も心配しないでも良い」「そうですか、北キボールの戦闘の代償はそんな形で及んでるんですね」あえて男性としての恥を晒した告白に田島1尉は深刻な顔で答え、奥さんは一転して誤解を詫びるような目で私と梢を見回した。実際は民法上の不貞行為に相当する性行為は1回だけ経験しているが、あれは奇跡なので私たちの秘宝にしておく。田島1尉は荷物運びで稼ごうと近づいてきた現地人の赤帽を追い払いながら先に立って歩き始め、奥さんは梢と並んで後に続いた。
「おや、軍人が警備してるね。弾倉をつけているけど実弾を持っているのかな」「まだテロを警戒していますから」空港の建物の出入り口にAK―74自動小銃を肩に掛けた兵士が2人立っていた。右側の兵士が迷彩服を着ている私に銃礼したので答礼した。
やがて政府関係者専用駐車場に停めてあった日本製のワゴン車についたが、ナンバーは大使館のモノだ。田島1尉は車の周囲と下部のタイヤの裏まで覗き込んで点検した。これは内戦時代からの躾を現在も継承しているとのことだ。
「夕食はホテルになります」田島1尉は後部ドアを開けると荷物を積みながら声をかけた。エア・ランカの機内食は昼の1食だけだったので流石に腹は空いている。
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  1. 2020/09/02(水) 12:45:23|
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