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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2026(かなり実話です)

「ヌワラエリアはセイロンのスコットランドって言われてるのよ」中川床1佐との面談を終え、田島1尉が運転する車でレンタカー・ショップに行ったところから私たちのスリランカ旅行が始まった。ロンドンでもそうだったが自動車が左側通行だと気分が楽だ。私が沖縄に赴任したのは本土復帰から10年目だったので、まだ道路はアメリカによる統治時代の右側通行の構造になっていて車に乗せてくれる先輩たちは交差点を曲がる度に「運転しにくい」と文句を言っていた。その点、スリランカでは運転席も右側で全く違和感はない。
「スコットランドはブリテン島の北側だから寒冷な気候だろう。そんなに涼しい場所なのかな」「ヌワラエリア市役所は標高1886メートルなんだって」梢が下調べした知識は地理の教科書並みだ。この標高は九州最高峰の屋久島では2番目に高い永田岳と同じだ。屋久島は「亜熱帯から亜寒帯の気候が共存している」と言われているから亜寒帯に近いのかも知れない。
「山肌が茶畑で覆い尽くされてるわね」ヌワラエリアはセイロン島の中央部の山地にあるためコロンボからは坂道を登り続けることになる。その視界に入る山肌は見渡す限り茶畑になっている。つまり栽培が可能な場所は全て茶の木に植え替えられたと言うことだ。
「この茶畑の肉体労働者にするためにインドから強制移住されたのが新タミル人なんだよ」「それがタミル・イーラムの虎になったのね」スリランカでは2番目に多い民族のタミル人にはシンハラ王朝時代から居住していた古(オールド)・タミル人とイギリスに強制移住されられた新(ニュー)・タミル人があり、古タミル人が社会的地位や経済基盤を確立していたのに対して独立後に残留した新タミル人はインドにも生活基盤を持たず、セイロン(当時)政府の同化政策を拒否して窃盗や略奪に走り、それが警察や政府軍との戦闘に発展した。
「この道路や鉄道も収穫した茶葉を運搬するためにイギリスが建設したんだが、働いたのは新タミル人だった。彼らの目から見れば同じインド人(当時)でもセイロン人はそれまで通りの生活ができているのに自分たちは酷使されている。イギリス人には刃向えないからセイロン人、特に古タミル人を憎悪するようになったのも理解できないことはないな」「さっきの茶店でもトイレは水洗だったわ。こんな山の中まで下水道が完備しているのもイギリスだからね」話が重くなりかけたところを梢が軽くした。スリランカでは市民の仕事を維持するため道沿いに自動販売機ではなく飲み物を売る小さな商店が点在しているが、集落から離れた店でトイレを借りると水洗だったので店員に確認すると浄化槽ではなく下水道が通っているとのことだった。
「日が陰ってくると何だか肌寒くなってきたわ」コロンボからヌワラエリアは直線距離では100キロ程度だが、砂利舗装の道路で山を縫って走ってきたので半日近くかかり、絵葉書で見るスコットランドのような市街地に到着した頃には日が傾いていた。
「ヌワラエリアにはアジア最古のゴルフ場や競馬場もあるのよ。あッ、佛さま」説明しながら梢は商店街の入り口の佛像を見つけた。スリランカでは日本の石地蔵のように集落の入り口や峠に立派な祠を建てて佛像を祀っている。ここまで車を停めて読経・拜礼してきたので梢も習慣にしたようだ。前川原の80キロ山岳踏破訓練で区隊長から出会った石地蔵に安全祈願する特別命令を受けて読経・拜礼している間に先に行った仲間に追いつくのに走ったことがある。訓練で歩いた背振山系には山岳信仰の修験者が建立した石佛が多数鎮座しているがスリランカの佛像も本当に大勢だった。流石は一大佛教国だ。
「田島さんの奥さんは外務省の大使館員の奥さんたちから国内旅行した体験談を聞いているからホテルやレストランにはとっても詳しいの。このホテルも奥さんの意見で予約したんだって」ヌワラエリア市内は車で回ってホテルに向かうと、そこはイギリスの紅茶工場を改装した建物で、名称も「ティー・ファクトリー・ホテル(紅茶工場ホテル)」だった。
「広くて長い廊下の両側にドアが並んでいるなんて自衛隊よりも学校みたいだな」私たちの部屋は2階だが、荷物を持って案内するボーイについて行くと高い天井の薄暗い照明では廊下の突き当りまで視界が届かず、闇の中から昔のイギリス人が歩いてきそうだ。それでもオランダのインドネシアではないので拷問や強姦、虐殺はなかったと信じたい。
「ホテルでは3種夏服にするのよね」部屋ではボーイにチップを渡して見送った私に梢が声をかけてきた。ホテルまで汗になった迷彩服では臭いに敏感なヨーロッパ人の客に不快感を与えそうなので旧式の3種夏服を持ってきたが、この気温は想定外だった。壁や床は年代物の木製で、窓のガラスもサッシではない。眠る時には厚いカーテンを引くのが防寒対策のようだ。
「臭いが気になるなら着替える前にシャワーを浴びるさァ。少し無精髭も伸びてるよ」カバンから出した3種夏服を広げて皺を確認した梢が提案してきた。略衣とは言え少し服装が改まったのでマナーも一段階アップさせると言うことらしい。
スリランカの茶畑スリランカの茶畑
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  1. 2020/09/04(金) 13:20:06|
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