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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2028(かなり実話です)

キャンディから北部のバブニアまではアフリカのサバンナのような平原の一直線の道を走り続けることになるが、シーギリヤ・ロックはその中間あたりで東に反れた地点にある。
車を下りて30アメリカ・ドルの外国人の入園料を2490スリランカ・ルピーで払ったが、スリランカ人は50ルピーなのだそうで約50倍に相当する。一緒にレンタカーで到着した外国人は看板の英語の説明を読んで係員に文句を言い始めたが、スリランカ人だけに適用される価格差なら現地語だけで良いところを英語でも表記したスリランカの馬鹿正直さが可笑しかった。
「観光ガイドでは世界遺産になった巨岩ばかり紹介されてるけど貴方としては僧院跡の方に興味が湧くわよね」文句を言い終わった外国人たちは巨石に直行したが、私たちは手前の僧院跡を歩き始めた。スリランカ史によれば477年に平民出身の母親から生まれたカッサパ王が父であるダートゥセーナ王を殺して王位を奪ったものの母親が王族出身で支持者が多い弟のモッガラーナ王子に追い落とされることを怖れて難攻不落の要塞であるシーギリヤを王宮とした。しかし、インドに亡命していたモッガラーナ王子が兵を率いて帰国してカッサパ王を自刃に追い込み、495年に王位に就いて兄の王宮跡を僧院としたのだ。そのため周囲は石垣を積んだ堀で囲まれ、庭園も残っていて王宮の雰囲気を色濃く残している。
「これが見られただけでも30ドルの価値はあるよ」数千人の僧侶が生活していたと言うだけあって数十メートルの長い石に深い溝を彫ったお櫃には感激してしまった。
「この庭園のあちこちに坐って瞑想したんだろうな」「坐ってみたいんでしょう」相変らず梢は私が考えていることを言い当てる。確かに静かで広々とした空間は瞑想とは言わずに坐禅するには心地良さそうだが、かつてインドのビハール州ブッタガヤのマハーボディ寺院の釋尊成道の菩提樹の根元に日本のオウム真理教の集団が係員の制止を無視して坐ったことが大問題になり、南方佛教での日本の坊主の信用は完全に失墜している。私は真面目な菩提心から坐ってみたいのだが、日本人の坊主であることが判るとややこしいことになりそうだ。
「巨石に登らなければいけないんだろう。時間がないぞ」私の返事に高所恐怖症であることを知っている梢は心配そうな顔でうなずいた。やはり高さ195メートルの断崖絶壁に登るのには恐怖心が先に立つ。帰りに下りられないことになれば私個人だけでなく日本国陸上自衛隊の恥をスリランカで晒すことになる。イザとなれば目をつぶって足探りで1段ずつ階段を下りるしかない。
シーギリヤ・ロックは巨岩の各所に残っている遺跡を見学しながら登って行く。中ほどの窪みの天井には女性の群像の壁画が描かれていてシーギリヤ・レディと呼ばれている。そうして辿りついた中腹で私は完全に腰が引けてしまった。ここから先はビルの非常階段とは比べものにならないほど頼りない岩肌に取り付けた鉄製の梯子で頂上まで登るのだ。
「私、怖いわ。やっぱり止めましょう」突然、梢が攻城作戦の中止を命じた。私としては梢がオランダでスリランカの観光ガイドを読みながらシーギリヤ・ロックの頂上からは周囲の国立公園を一望できることを楽しみにしていたのを知っていたので、「転げ落ちても本望」と愛に殉ずる覚悟を決めていたのだ。それでも「ホッ」と溜息をつきながら顔を見た。
「しかし、お前は・・・」「帰るわよ。ついてきなさい」私が心にもない確認をすると梢が真顔で厳命して先に階段に向かって歩き出した。私は早足で追いつくと黙って手を握った。
「そこの草むらは避けて下さい」駐車場に戻る前にトイレに寄ると棒を持った係員が手で制止しながら声をかけてきた。棒の先に刃がついているので草刈りをしていたようだ。
「どうしました」「キング・コブラがいますから踏むと危ないんです」この答えに梢は1歩後退さり、半長靴を履いている私は逆に1歩踏み出して30センチくらいに伸びた草むらを覗き込んだ。すると柄はなく濃い褐色の長く太いロープのような紐が見えた。
「何かを食べたみたいで昼寝をしています。安眠の邪魔しないように避けてやって下さい」係員は当たり前のように説明した。スリランカは2000年以上前に国王が世界最古の自然保護の法令を定めたので人間と動物が自然の中で共存していて、コブラでさえ人間に攻撃された経験がないため身を守る必要がなければ咬むことはないそうだ。
「凄いなァ、沖縄のハブも2000年前から共存していれば咬まなくなったのかな」バブニアへの道に戻っても梢は感激を噛み締めていた。確かにスリランカの集落では孔雀が鶏と一緒に餌をついばみ、象や水牛、鹿などの大型動物から尾が長い猿やマングース、大栗鼠、野兎などが自由に出入りしていて、ヌワラエリアからキャンディに向かう山道では熊や猪が前を横切った。梢も樹木の枝にとまっているオウムやインコ、おまけにカメレオンまで見つけて大喜びしていた。
「あれは豹じゃあないの」観光地であるシーギリヤ・ロックから北は交通量が減り、長い道路が貸し切り状態になったが、野性動物も安心しているらしく猛獣まで気軽に姿を見せてくれた。
シーギリヤ・ロック(全体)側面の窪みにシーギリヤ・レディがいる。
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  1. 2020/09/06(日) 12:42:57|
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