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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2035

那覇市首里の安里家では今年は1月31日のウチナー正月で帰宅した淳之介と一緒にあかりと恵祥が石垣島、さらに雲島に帰ることになったため引っ越しの荷造りで大忙しだった。結局、保健士の砂川直美が通勤用の漁船を見つけ、社長は海が荒れる日は会社の待合室に泊まることを条件に許可したので、あかりと恵祥はいよいよ雲島での暮らしを始めるのだ。
「梢とモリヤさんからこんな物が届いたさァ」そんな安里家にスリランカから厳重に梱包した小荷物が届いた。差出人はモリヤと梢の連名だが、その下には「P.B.グナダサ&サンズ」と言う店名が入っていて住所もコロンボ市になっている。
「スリランカの土産だろうけどお菓子にしては小さいねェ」ソファーに座った祖母は祖父に手渡して見せた後、自分の膝の上で包装を解いた。すると日本とは違うヨーロッパ式の宝飾品を入れる小箱が出てきた。上には「WARRANTY」と書いた封筒が載っている。
「保証書つきなんて何だろう」元教師の祖母には中身の推測はついていたが、隣りから覗き込んでいる祖父の関心をはぐらかすためとぼけながら蓋を開けると中には見事なクリソベルのペンダントが入っていた。それを見て祖父も「ほーッ」と感嘆の声をあげた。祖父は年明け早々に梢から「月内にスリランカへ旅行に行く」と言う連絡を受けていたが、あかりと恵祥を送り出す日が迫っていることばかり考えて興味は持っていなかったのだ。
「キャッツアイさァ。これはとっても高いのよ」祖母はペンダントの石を指で摘まんで窓にかざすと褐色の丸い石の中央に光の筋が入り、猫の目のような模様が浮き上がった。
「キャッツアイって猫目石のことじゃあないのか」「それは日本人に多い勘違いよ。石の種類はクリソベルで、光にかざして輝く筋が入ることをキャッツアイって言うの」祖母は理科が専門ではないが、やはり女性として宝飾品には興味を持って研究していることが判った。
「このサイズと色だと沖縄でもン十万円するわね」「特に輝きもしない丸い石がそんなにするのか」門外漢の祖父にとって宝石とはダイアモンドやルビー、サファイアなどの透明で光り輝く原石を加工した宝飾品を差す。祖母に見せられた光の筋は神秘的ではあるが、そうしなければ単なる褐色の小さな丸い石に過ぎない。
「まさか梢がモリヤさんに我がまま言ってねだったんじゃあないだろうな」祖母の説明を聞いて共働きで宝飾品を贈ったことがない祖父は男性として心配になってきた。沖縄は酒類と同じく宝飾品も関税が低く抑えられているため本土と比べれば安価で購入できる。それでも数十万円となると自衛隊の給与しかもらっていない(らしい)モリヤにはかなりの出費になるはずだ。
「あの2人だから大丈夫よ。保証書にスリランカ産って書いてあるからビックリするほど安く買えたに違いないわ」祖父を安心させるために無理な推測を述べたが、祖母はペンダントの金属部分の最高級の細工から見て安価ではないことは判っていた。その一方で独身時代のモリヤの「質素を旨とすべし」式の経済観念には梢も感心していたので本当に心配はしていない。
「2人からの感謝の印として受け取っておくね」祖母はネックレスをはめると立ち上がって寝室の鏡台の前へ行き、自分の胸元で光るクリソベルに見入った。あかりと祖父には送ってこないことから考えると出産からこれまで梢が母親として果たすべき役割を代わってきたことへの感謝の気持ちを表していると理解した。
「石垣に帰った夜はホテルに泊まるのよね」荷造りを終えた箱を郵便局で送った淳之介が帰ってくるとあかりと夕食の支度している祖母が訊いてきた。今回の引っ越しには島民への挨拶と居住環境を確かめるため祖父母も同行することになっている。祖父は復帰時に本土から送り込まれてきた学生運動の活動家出身の教師たちが教職員組合を反日に誘導していることを批判したため八重山に単身赴任させられた。八重山でも離島を巡っていたが雲島では勤務していない。それでも八重山はアメリカの統治下でも軍は駐留していなかったため兵士による犯罪は経験しておらず沖縄本島のような反基地が反日に拡大した世論は今も発生していないと確信している。
「島の人たちは『住む準備は完了しているからそのまま来い』って言ってるけど、アパートでお世話になった人たちにお礼を言わないといけないし、砂川さんも『あかりと恵祥を八重山病院で受診させておけ』って言うから市内のビジネス・ホテルを予約しておいたよ」「八重山病院の先生は代わってないの」淳之介の説明にあかりが質問を返した。あかりとしては視覚障害者の育児に困難が伴うことを懇切丁寧に説明し、その覚悟を見て取ってからは親身に相談に乗り、具体的な助言を与えてくれた医師に心からの感謝を伝えたいのだろう。
「どうだろうね。八重山病院の先生は長い人と短い人が色々だからな」八重山病院の医師には任期を過ぎれば早々に沖縄本島に戻る者と根を下ろして長期勤務する者に分かれる。しかし、淳之介は受付に電話しただけなので担当する医師の確認にまでは意識が及ばなかった。
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  1. 2020/09/13(日) 12:15:51|
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