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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2036

「クヨナーラ」翌日、社長が操舵する連絡船で雲島に渡ると波止場では島民が総出で待っていた。島民たちは声を揃えてヤイマムニ(八重山方言)の挨拶を叫んでいる。雲島の人口は220人前後なので砂川直美が指揮を取っての合唱は沖の連絡船まで届いた。
「お父さん、何て言ってるの」淳之介とデッキに出ている恵祥は繰り返し聞こえてくる合唱を聞きとって質問してきた。恵祥が知っている挨拶は標準語の「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」と沖縄本島のシマグチ「はいさい」、後はオランダに行った祖母=梢が電話で口にする「ハロー」くらいで「クヨナーラ」は初耳だった。
「八重山では『こんにちは』を『クヨナーラ』って言うんだよ」「『さよなら』じゃあないよね。だって嬉しそうだもん」恵祥は安里家で常に誰かに話しかけられて育ったため2歳の割には言葉が達者で、しかも頭の回転が早い。これは母親似らしい。淳之介も父親に似ればあまり遜色はないのだが、半分混じっている母親の血を考えたくないので辞退した。
「オーリトーリ」2人がデッキで手を振ると合唱の台詞が変わった。砂川は島民を集合させて歓迎の発声を練習していたのだろうか。あかりは接岸の衝撃が危険なので祖父母と客室で座っているが、できれば聞かせてやりたい見事な合唱だ。
「今度は『おーい』『来―い』って言ってるよ」「そうだね。あれは『オーリトーリ』って八重山の『いらっしゃい』の挨拶なんだ」淳之介が説明した時、船長が減速して連絡船が揺れたため淳之介が肩を掴むと恵祥は驚いたように身体を寄せてきた。恵祥はあかりの腹の中で何度も雲島に来ているので船酔いはしない。やはり海ンチュウの息子なのだ。
「校長先生、クヨナーラ」「校長先生、オーリトーリ」連絡船が波止場に接岸し、恵祥を抱えて淳之介が飛び移り、ラッタル(渡り梯子)を掛けて舫い綱を杭に縛っていると中から祖父母とあかりが出てきて集まってきた島民たちと対面した。すると支所の職員たちが祖父を取り囲んで歓声を挙げた。どうやら別の離島の校長をしていた時の教え子のようだ。
「校長先生のお孫さんと曾孫さんが島に住んでくれることになって、ハナーツブルヤ、アンツァーグッテ、ミングッテ、トゥマンギッテルさァ」支所長はわざとヤイマムニで「私の頭はこんがらがって、グルグル回って、びっくりしている」と歓迎の辞を述べたが、祖父は理解して快活に笑った。やはり教師として地元に溶け込むことを信条にしていただけのことはある。
「宮良くんと新城くんに友利さんだね。3人とも違う島の子供だったはずだが・・・」「竹富町役場に就職しましたから石垣島と与那国島以外はどこにでも配置されます」支所長の説明に祖父はうなずいた。祖父自身も石垣市と与那国町以外の離島を管轄する八重山郡竹富町に配置されたため離島から離島を巡ることになった。その島に梢はモリヤを連れて訪ねたことがある。冷静に考えれば結婚前の娘が恋人と宿泊を伴う旅行で来ることは当時の倫理観から言えば許されないことだが、梢はモリヤに一生の伴侶となる運命を感じ、両親もそれを認めていたのだ。
「恵祥くんかァ。島の子ができたね」「あかりちゃんが帰ってきたから年寄りは長生きできるさァ」祖父は教え子たちと再会の感激を味わっているが、少し離れたところではあかりと恵祥が熱烈歓迎を受けている。あかりが高齢者たちに声をかけられている隣りで恵祥は知らないお爺さん、お婆さん、小父さん、小母さんたちに手渡すように抱かれて顔を強張らせている。それでも祖母と父親が嬉しそうに見守っているので黙って耐えていた。
「この家なら台風でも大丈夫さァ」「西大浜はお婆のために改築したからバリア・フリーになっているよ。だからあかりも安心さァ」波止場から集落までは支所のワゴン車で移動した。支所の職員の話によると砂川は今回の移住を沖縄県の「Iターン推進事業」と「離島過疎化防止対策事業」に申請して必要な予算を確保したらしい。したがって住民だった老女が亡くなってから空き家になっていた家屋の改装にも公費が当てられ、誰の懐も痛めることなく完成したそうだ。保健士・砂川直美のおそるべき政治力だ。
「家具と荷物は船長さんが自分で仕舞ったから、何時でも生活が始められるのさァ」家の案内と説明は「Iターン事業」担当の職員の仕事のはずだが島民は口を挟ませない。淳之介は今回の話が決まってからは家具や荷物を自分の連絡船で雲島に運び、停泊中に家まで持っていって片づけていた。だから食器棚の中まで石垣市内のアパートと同じ状態になっている。
「この島には車よりもハブがいないことが安心だな」家の中の案内が終わって庭に出ると石垣に替えて建っているコンクリート・ブロックの塀を見ながら祖父が呟いた。沖縄本島であかりが恵祥を連れて散歩に出る時、自動車は運転手が白い杖に気がつけば注意をするが、ハブにそんなことは期待できない。ましてや恵祥が興味を持って手を出せばたちまち咬まれることになる。祖父母もこの島はあかりが子育てするには最高の環境であることを実感できた。
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  1. 2020/09/14(月) 13:22:12|
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