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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2037

「あかり、今日は天気が好いから布団を干しておきなさい。これからは塀に掛けるのよ」祖父が淳之介と恵祥に庭の植木の授業を始めると祖母はあかりに声をかけた。夫婦の布団は淳之介がウチナー正月で沖縄本島に行く直前に運び込んだのだが、客用はしばらく使っていない。恵祥の子供用は今回持ってきたのでこちらも汗になっている。祖母はあかりの手を引いて押し入れに連れていくと襖を開けさせて畳の上に布団を下ろした。
「私が声をかけるからユックリ運びなさい。サンダルは縁側の下に揃えておくから布団を置いてから履きなさい」祖母の指示を受けてあかりは畳の上の布団を手探りで確認し、自分たちのダブルの敷布団を3つに折って両手で持ち上げた。この家は石垣島でマンションを買って移住していた一家が「先祖代々の墓がある島に残る」と言い張った祖母のために建て替えたので間取りは2人が住んでいたアパートと同じ6畳2間の2DKだ。
「塀まではあかりなら15歩ぐらいかな。布団がぶつかったらそこよ」祖母が2往復して2人分の敷布団を干す間にあかりは庭に下りて1回目の敷布団を持ち上げた。
「はい、そのまま前に進みなさい」あかりが家事を始めたのに気がついた祖父と淳之介は植木の傍から見守っている。恵祥は駆け寄ろうとしたが祖母が制止した。視覚障害者が作業をする時には注意力を動作に集中させなければならないのだ。
「この布団、私たちの臭いがする・・・」1歩1歩足の裏が踏む小石を感じるほど慎重に進みながらあかりは胸に抱えている敷布団に淳之介と自分の汗の臭いを感じていた。あかりと恵祥が暮らしていたマンションの佛間は祖父母の寝室と襖1枚で仕切られているため淳之介が帰宅しても夫婦の営みは控え目にしなければならなかった。だから昨夜のホテルでは溜まりに溜まって臨界点に達していた淳之介の大爆発にあかりも誘爆して女性としての官能に酔い痴(し)れた。こうして2人の体臭を感じるだけで頬と胸が熱くなってくる。それにしても昨夜の淳之介は燃え上がり過ぎて避妊を考えていなかったが、恵祥に弟か妹ができればどうするのだろうか。
「近くで緋寒桜が歓迎してくれているわ」布団を干し、島の食堂で昼食を取った後、集落内を歩いているとあかりが立ち止まって呟いた。あかりが過去に嗅いで記憶した匂いの識別能力は健常者が目で見た以上の正確さがある。どうやら風に乗って聞こえてくる桜の匂いを察知したようだ。淳之介と祖父母も周囲を探したが桜の木は見当たらない。するとあかりは鼻で探しながら歩き始めた。こうなると超能力に近い。
「あった、あそこだ」船乗りとして超人的に目が良い淳之介が集落の狭い通りの先を指差した。祖父母が注視すると集落の中央にある支所の前に植えられている緋寒桜が満開になっていた。
「貴女も素敵な香りよ。今年は今帰仁や首里の桜には会えなかったから無理かなって思っていたけど会えて良かった」あかりは垂れ下がっている枝の花の匂いを嗅ぎながら話しかけ始めた。石垣市にもバンナ公園などの桜の名所はあるが沖縄本島に比べて本数が少なく、淳之介には物足りない。しかし、匂いで楽しむあかりは本数や周囲の風景との調和は気にならないようだ。
その夜、雲島では公民館で淳之介、あかり、恵祥一家の歓迎会が開かれた。支所の職員たちも今夜は自分の島には帰らず、台風の時に使う宿直室に泊まって参加している。
「旦那の淳之介は連絡船で顔見知りだし、あかりは診療所のマッサージで世話になっているからあらためて紹介するまでもないね」自治会長の肩書を与えられている島の長(おさ)は島民が乾杯を待たずに勝手に飲み始める前に手短に挨拶するとグラスを掲げた。やはり竹富町内の学校の校長だった祖父の手前、少しは礼儀を考えたらしい。
「乾杯」「乾杯」乾杯したグラスを飲み干したところで蛇味線が響き始めるのは八重山でも同じだ。ただ曲は沖縄本島のようなカチャーシーや谷茶前(タンチャメー)ではなく「安里屋クヤマ(安里屋ユンタの原曲)」だ。
「あかり、酒を飲んでも大丈夫か」「やっぱり恵祥が心配だから止めておく。オジイとオバアには楽しんでもらいたいもの」淳之介は隣りの席で酒を注がれ、乾杯をしたあかりを心配して声をかけた。祖父母は教え子の職員や同世代の島民たちと酒を酌み交わして盛り上がっているからあかりが慣れない酒に酔ってしまうと恵祥の面倒をみる者がいなくなってしまう。
その恵祥を探すと20人ほどいる小学生たちと一緒に夕食を囲んでいた。高学年の女の子は弟や妹の面倒を見ているのでシッカリ者の母親のように仕切っている。あかりが仕事を始める2月から世話になる保育士も島民の妻なので出席しているはずだが完全に任せているようだ。
「シカサーソーラー(さみしい)」その時、祖父の声が聞こえてきた。同世代の島民たちとあかりと恵祥を手放す気持ちを共有しているのかも知れない。やはり年に何回か祖父母を呼び、首里に帰るようにしなければいけない。
李暁剛イメージ画像
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  1. 2020/09/15(火) 13:55:35|
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