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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2039

「やっぱり私と別れたいのね」いたたまれなくなった佳織は最も恐れている確認を自ら口にした。先ほどの「邪魔な存在になりたくない」と言う拒絶は逆に佳織が「邪魔な存在になっている」と示唆されたような気がしている。
「いや、君は離婚理由になる過失は犯していない。不貞行為を働いたのはワシの方だ。君が離婚を要求すれば慰藉料を含めて考えるが、こちらから申し立てることはない」思いがけない告白に佳織は意味を理解するのに時間を要した。日本では弁護士だった夫からは民法が定める不貞行為は肉体関係であって接吻や愛撫では離婚事由にならないと聞いている。
「それって梢さんを抱いた・・・関係を持ったってこと」夫が1年以上に及んだ拘置所生活のストレスで性的能力を喪失し、回復不能なのは医師から診断を受けているから間違いない。実際、出所後は一緒にシャワーを浴び、抱き締められて寝ていても夫の男性器が臨戦態勢になることはなかった。黙ってしまった佳織に夫は感情を交えずに説明した。
「たまたまワシの一物が起った時、梢が隣りに寝ていたんだ。日本でも同じことになったことがあったが君はいなかった。おそらく人生最後の性交の相手は梢だな」この敗北は決定的だった。佳織は女として身を引くべきかを考え始めた。
「ところで志織が海軍士官になるのに両親の離婚は障害にならないのかな。帝国海軍では家族の身元調査が厳格で、父親が戦死以外で死亡していると兵学校には入れなかったって言うからね」やはり夫は家族ことを優先する。夫には「我がまま」の「我」が欠落しているのだ。しかし、これを妻としての信頼と至福と受け止めるような気分ではない。
「大切な梢さんを愛人にしていても良いの。私みたいな自分本位な女とは別れて梢さんを正式な妻にするべきよ」佳織はオランダのモリヤ家の電話がスピーカーとモニターになっていて梢も会話を聞いていることは知らない。すると梢が電話を代わった。
「佳織、そんな心にもないことを言うんじゃあないの。ウチの人の妻は貴女しかいないわ」「それじゃあ梢さんは」「私は人生の伴侶で十分、今更書類上の立場なんて必要ない。ねッ、貴方」妙なところで夫に相槌を求めたところを見るとこれが2人の共通認識らしい。確かに2人は若い頃、入籍するまでもなく夫婦以上に肉体と精神は固く結ばれていた。それがモリヤの親の反対で引き裂かれ、運命に翻弄される人生を送ってきたが、淳之介とあかりの出会いによって再会を果たし、精神の絆だけを復活させた。それに奇跡のような肉体の結びつきも加わったのだから婚姻関係を「今更」と言う気持ちになるのは理解できる。
「貴女が不要だから捨てるって言えば喜んで下取りするけどそんなことあり得ないでしょう。今年は内戦の実態調査でスリランカへ行ったけど、私としてはハワイで佳織と志織の3人の時間を過ごしてもらおうと思ってたんだよ」「スリランカへは国連の人権委員会の非難決議の実態調査だったんだね。ご苦労さまでした」「はい、私設秘書として同行しました」重い話題がようやく軽くなったが国際電話が随分長くなっている。そこで締め括りに感想を訊くことにした。
「スリランカはどうだったの」「素晴らしい国よ。ウチの人なんて平成で腐った日本よりも母国したいって言ってるの。私も2人で暮らして一緒に骨を埋めてもらいたいって思ってるわ。だから佳織にも感動のお裾分け」話に区切りがついたところで佳織がスマート・ホンを切ろうとすると夫が「追伸」を差し入れた。
「そう言えば淳之介とあかりは八重山の雲島に移住するらしいぞ。車やハブがいない島だからあかりでも安心して子育てできるらしい。母親として知っておけ」どうやら夫は本心から佳織を妻であり子供たちの母親と認めているようだ。それを許している梢を含めて常識的な頭では絶対に理解できない人生の伴侶なのは判った。
「もう一度 やり直そうって 平気な顔して 今更・・・」佳織はスマート・ホンを制服の腰のポケットにしまうとネックレスを首にはめながら無意識に歌を口ずさんだ。これは大阪の大歌手・やしきなかじんの「やっぱ好きやねん」だ。伊丹のママさんのスナックでもカラオケで唄ったことがあるが、夫の優しさに包まれていた生活を思い出すと自然に溢れてくる。
「・・・やっぱ好きやねん やっぱ好きやねん 悔しいけどあかん アンタよう忘れられん きつく抱いてよ 今夜は」唄い終わると涙が止められなくなった。佳織は目元には化粧をしていないが、ハンカチで拭いながら瞼が腫れているのが判った。
「ウチの場合は男女の立場が反対や。我がままなのは私、あの人は私を憎めば楽なのにそれができない。私たちってつくづく目出度い夫婦やね」コンパクトを出して化粧を直しながら佳織はもう一度歌詞を噛み締めた。主人公の女性は弄ばれて捨てられた男が現れて、また騙されることを承知した上でやり直す気持ちになっている。それが夫のような気がした。
ん0・森野佳織1佐イメージ画像
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  1. 2020/09/17(木) 11:42:52|
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