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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

やはり〇〇(零輪)の天皇も駄目だ。

9月15日に最後の現人神(あらひとがみ)であらされた昭和の陛下が全国から搾取した年貢が宮中に届いたことを祝う「新嘗祭」を現在の「勤労感謝の日」に相応しく天皇自らも勤労を体験する祝日とするために始められた宮中行事である皇居内の生物研究所の傍の田圃での稲刈りが行われ、〇〇(零輪)の天皇が4月に籾を蒔き、5月に田植えをしたもち米のマンゲツモチとうるち米のニホンマサリを鎌で20束刈り取ったようです。
それは結構なことですが問題はその後の「豪雨等による被害や新型コロナウィルス感染症の拡大により、農業に従事している皆さんのご苦労もいかばかりかと思います」と言う感想です。昭和の陛下は即位されて間もない頃、侍従の1人が冷たい長雨が続くことを「今年の夏は過ごし易くて結構なことですね」と申し上げると声を荒げられて「東北の農民は冷害に苦しんでいるのだ。東京での都合で気楽なことを口にするな」と叱責されたそうです。これに比べて〇〇(零輪)の天皇の感想は侍従の感覚に近く、所詮は東京の皇居から全国を眺めていた平成の天皇の息子のようです。
〇〇(零輪)の天皇は即位にあたり、「常に国民に寄り添ってきた平成の天皇の路線を継承したい」と父親を礼賛しましたが、平成の天皇は毎朝務めている宮中賢所での災厄除けの祈願が天津神・国津神に届かず=おそらく祖神に嫌われて頻発するようになった大災害を安全地帯の東京のテレビで傍観して被災者に同情していたに過ぎませんが、それを昭和の陛下を戦犯と見ていた左傾マスコミが庶民性として演出を加えて報道したため臣民=衆愚の人気を博したのです。その点、昭和の陛下は現人神として天津神・国津神・祖神と対話され、天地の意思を聞き、民の声を届けておられたから昭和の御代は国難を乗り越える国力を得たのであり、始めから終りまで天災・人災だけで過ぎ、日本民族の精神が腐り切った平成や始まって早々に災厄が続発している〇〇(零輪)とは違うのです。
仮に〇〇(零輪)の天皇が父親が定年退職が許される単なる職業とした立場上の責任を果たす気があるのなら、日本の農業が豪雨等による被害を受けることがないように天津神や国津神に強く祈願するべきであり、農業に従事している人間たちが苦労しているのは新型コロナウィルスの拡大以前に後継者不足と高齢化であることを深く認識するべきです。その点も所詮は東京から傍観しているだけの同情に過ぎず、実際に田圃を所有して自らコンバインを運転して耕作に励んでいる安倍昭恵前首相夫人と比べても話になりません。
昭和の陛下は那須の御用邸での静養中、侍従を連れて散歩に出られると野道で立ち止まられることがあったそうです。後で侍従が理由を伺うと「ミミズが横切っていたから待っていた」とお答えになられたそうです。それがこの国のあらゆる存在を分け隔てなく慈しむ天皇であり、「象徴を演じるのに疲れたから定年退職したい」と言うような職業的適性に欠ける前任者とは違うところです。
ただし、〇〇(零輪)の天皇は皇位継承資格がある男児の出産を期待できない女腹(下は双子の妹)の中年女性(結婚時29歳6カ月)を皇后として皇室を絶やす英断を下したのですから多少の無知・過誤くらいは文句を言わないでおきましょう。
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  1. 2020/09/17(木) 11:44:27|
  2. 常々臭ッ(つねづねくさッ)
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