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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月13日 石川啄木の命日

1912年(明治45)の明日4月13日は歌人・石川啄木の命日です。
同時代の歌人・若山牧水はこの日、「午前九時 やや晴れそむる 初夏の 曇れる朝に 眼を瞑ぢにけり」の一首を詠んでいます。
石川啄木は岩手県の出身ですが、故郷を逃れて北海道の函館に住み、この地で歌も数多く遺し、墓もここにありますから、最近では函館の人だと思われているかも知れません。
4月6日に紹介した太田蜀山人は古人の和歌のパロディを数多く作って人気を得ました。例えば「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほしてふ 天の香久山」と言う持統天皇の御製を「いかほどの 洗濯なれば かぐ山で 衣ほすてふ 持統天皇」と改作して女帝をからかっています。
それに倣って野僧も啄木の作を老人版のパロディにしてみました。
先ずは盛岡城に歌碑がある「不来方の お城の草に 寝ころびて 空に吸われし 十五の心」ですが「病室の 狭いベッドに 寝ころびて 管に吸われし 吐けぬ我が痰」と言うのはどうでしょう。内科病棟に入院するとこれは日常の情景です。
続いて有名な「たわむれに母を背負いて そのあまり 軽ろきに泣きて 三歩歩めず」は「たわむれに 孫を背負いて その拍子 腰を痛めて 三歩歩めず」です。皆さんも気をつけましょう。
これも有名な「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」を「東海の 小島の磯の 白砂で わが暇つぶし 蟹とたはむる」としました。この歌は「東海の」で始まるため静岡や愛知、三重辺りの海岸の歌だと思われがちですが、啄木が彼の地を訪れたことはなく、函館の海岸で詠んだものだそうです。
野僧も好きな「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る」も病人には「掛かるけど 掛かるけど猶 わが病 楽にならざり ぢっと番待つ」になります。当地では高齢者が多いため問診に時間がかかり困ります。「血圧が高いよ「えッ、何だって?」と言う大声が待ち合いの廊下まで聞こえてきます。
そして「ふるさとの 訛りなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」は「ふるさとの 訛りなつかし 年寄りの 人ごみの中に そを聴きにゆく」としましたが、故郷を捨てて当地にやってきた野僧にとって故郷の訛りなんぞは全く懐かしくはなく、むしろ朝のニュースで耳すれば一日中嫌な気分になります。
ここまで茶化すとファンは怒るかも知れませんが、啄木の歌にはそれ程の深い思索の跡は見当たらず、隣町出身の詩人・金子みすゞと同じくネクラな文学青年の言葉遊びにしか思えません。
「そんなに生きるのが苦しければ早く死ねて好かったね」と祝ってやりたいものです。
少年石川啄木盛岡城の歌碑
盛岡市内の「少年石川啄木の像」と盛岡城址の「不来方の お城の草に」の歌碑
  1. 2013/04/12(金) 08:24:58|
  2. 日記(暦)
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