fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月14日 高杉晋作の命日

1867(慶応3)年の明日4月14日(太陰暦)は長州の志士では人気ナンバー1であろう東行・高杉晋作くんの命日です。東行と言うのは出家した時から用いていた雅号で、だから髷を結っていないのです。時代の先取りをしていた訳ではありません。
伊藤俊輔=博文さんは晋作くんを「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し 人々は驚き敢えて正視する者なし それが我らが東行高杉君である」と評していますが、文武両道に優れ、秀逸な詩や歌、さらに小唄まで作り、自ら三味線を弾いて歌った粋な逸話が老若男女を問わず今も愛される所以でしょう。
ここで晋作くんの漢詩を二つ「祖神開闢幾千年 億万の人魂散じて煙となる 愚者英雄倶に白骨 直にこの浮世値三銭」「詩歌愛す可し 美人憐れむ可し 時に喫煙して去る ひと息天を過ぐ」晋作くんは「人は愚を学ばねばならぬ」と言っていますが、愚を学ぶための余技にしては中々の才智です。
晋作くんが末期(まつご)を過ごした下関の東行庵は、妾であるウノが菩提を弔うため髪を下ろして尼僧となり寺院になっています。その点では坂本竜馬の妾(正妻は千葉佐那とします)・お龍よりは立派ですが、しかし、晋作くんには萩の自宅に雅さんと言う正妻があり、とても熱愛していて、家を空ける時には「魅力的なお前が心配だから、着飾って人が集まるところへ行ってはならぬ」と言う手紙を送っています。雅さんも国事に奔走し、家を空けがちの夫を支え、舅姑に仕え、子供を養育していました。
だから先頃、敗訴が確定した東行庵の住職が管理不良のため高杉家が引き揚げた晋作の遺品の返還を求めた裁判は、形見の品は本妻の物か、妾の物かと言う話であって、宝物館の経営のための所有権とは別次元の問題であると主張してきたのです。
それにしても呆れるのが、晋作さんが小倉を攻めた時、略奪してきた鐘や太鼓などを本来の所有者が返還を求めたのに対して、下関の所有者は「晋作の許しがないと駄目だ」と拒否したことで、東行庵の住職同様、盗人猛々しいのは下関の土地柄なんでしょうか?(そこに住んでいますが)
晋作さんの辞世は「おもしろき こともなき世を おもしろく」で、このままの方が受け取る人が自由に味わえて未完の美だと思うのですが、野村望東尼なる小母さんが「すみなすものは 心なりけり」などと小理屈をこね回した下の句をつけています。「余計な事をするな」と山口県防府市と博多の明光寺にある小母さんの墓に叱っておきました。
  1. 2013/04/13(土) 08:06:36|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<4月15日・アメリカで原子爆弾研究所が設立された。 | ホーム | 4月13日 石川啄木の命日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/653-a0f83402
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)