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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

4月15日・アメリカで原子爆弾研究所が設立された。

1943年の明日4月15日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州に原子爆弾研究所が設立されました。所長は亡命ユダヤ人の物理学者・ジョン・オッペンハイマーで、このプロジェクトはマンハッタン計画と呼ばれました。
よくアインシュタイン博士もこの計画に関与したと言われますが、博士はルーズベルト大統領に宛てた意見書に署名しただけで、むしろ反戦的な言動を警戒され、計画からは遠ざけられていたそうです。
当時の核開発の最先端だったのはドイツでしたが、ナチスによる迫害で多くの優秀な科学者が亡命したため、アメリカに対抗するほど技術力が根づいたと言えます。これは後年、ソ連とのロケット開発競争でも繰り返されました。
したがって当初、原爆は「ナチスが原爆を開発する前に先制使用するべきだ」とドイツを目標にしたものだったのですが、完成は45年6月にずれ込んだため既にナチス・ドイツは5月8日に降服しており、残ったのは孤立無援となった日本だけでした。
つまり軍事的には広島、長崎に原爆を使用する必然性は全くなく、約19億ドル(現在の換算で約145億ドル、日本円ならその約100倍)の巨費を投じて開発した4個の原爆を無駄にすることができなかった政治的判断であったのではないかと考えています。
アメリカでは戦後、作戦の可否から戦費の用途に至るまで議会で厳しい審査が行われますから、使わなかった兵器の開発に通常兵器の購入費と同程度の予算を使っては説明ができないのです。実際、現代のアメリカには見かけばかりで効果がない無駄を意味する「マンハッタン・プロジェクト(計画)」と言う政治的隠語があります。
核開発の最大の課題は濃縮ウランの製造で、日本でも仁科芳雄博士が開発に手を染めたもののこれがクリアできず頓挫しました。所詮は陸軍航空本部内の小規模な事業では成功するはずがありません。
現在、北朝鮮も核開発に血道を上げていますが、マンハッタン計画でアメリカが費やした巨額の予算を賭けなくても、これまでに得たノウハウを模倣すれば殊のほか安価で核開発が可能になっている恐ろしい実状を物語っています。
貧乏な国が予算をつぎ込んで開発した核爆弾とミサイルを無駄にできない。意外に動機はアメリカと同じかも知れません。「もう、どうにも止まらない?」
  1. 2013/04/14(日) 09:23:20|
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