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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2125

今回、淳之介は与那国島まで予備の連絡船の臨時船長として操舵することになった。とは言え完全な単独ではなく定期連絡船に追従するのだが、やはり外洋を航行するのは緊張する。
「淳之介、だいぶ腕を上げたな」島の西側にある久部良港のフェリー・ターミナルに接岸して船体を点検していると先に到着して乗客を下船させた定期連絡船の船長が声をかけてきた。
「今日はお客さんを乗せないで船長の後についていくだけでしたから気は楽でした」「いや、潮の流れを読みながらついてくるから安心と感心をしていたぞ」この船長には見習いの頃から世話になっているのでこうして誉められるのはこの上ない喜びだ。
「俺は石垣に帰るが、今夜は単独になるから十分に気をつけろ」片道4時間半の航路なので到着して港の近くの食堂で昼食をとればそのまま控え所で待っている乗客に声をかけて乗船を始めなければならない。日本の標準時刻を決める兵庫県明石市の東経135度から大きく西に外れている石垣島のこの時期の日没時間は6時40分過ぎだが、明るい間に石垣島に到着するには定時から遅れることはできないのだ。淳之介も久しぶりに準備を手伝った。
「東京のマスコミの連中は好き勝手な注文をしてくるぞ。『安全上できない』と拒否してもお構いなしだ。お前は若くて気が優しいから舐められると厄介だぞ」「大丈夫、父は東京の弁護士だって言ってやります」淳之介の返事を聞いて船長は操舵の腕だけでなく人間的にも成長したことを実感したようで肩を叩いて操舵室に入っていった。
「申し訳ないですがマスコミの皆さんが今回は島民に対する取材を中心にするから中国船の撮影は必要ないと言ってきたんです」定期連絡船が出航し、淳之介が受付の小母さんが帰ってしまった待機所で日没後の出航に備えて中国船が停泊する水域の海図を確認していると町役場の職員が訪ねてきた。どうやら会社に臨時便を依頼したのはマスコミではなく町役場だったようだ。町役場とすれば取材に来るマスコミ関係者は都会の便利さを常識にしているため離島の特殊事情に不快感を抱き、それが悪意を持った報道になることを心配しているのだろう。そのため前回、強い要望があった沖での撮影も気を回して手配したらしい。
「会社には連絡をしましたがキャンセル料を支払うことは無理なので・・・社長さんが貴方と話したいそうです」話の脈絡から見てこの同世代の職員は伝令なのかも知れない。おそらく社長は操舵室の無線で何度呼んでも応答しないので、タマタマ電話が入った町役場の職員に依頼したようだ。どちらにしても職員は淳之介にも説明する責任はある。
「もしもし安里ですが。話は役場の人から聞きました」「うん、トゥマンギッテルさァ(ビックリしているよ)」待機所の電話で会社に連絡すると社長が出た。普段の社長は標準語を使うように心がけているが、驚いたり困った時にはヤイマムニ(八重山方言)になる。今回は両方だ。
「お前に帰ってもらえば明日の巡航船に乗務させられるんだが、今からでは新月の暗夜を航海することになるからな」社長も船乗りなので月齢は知っている。今年は2月19日が新月なのだ。
「おまけに始めて舵を握る船を単独で外洋を帰らせるのは業務管理上も許されない。その船が引退した老朽船とくれば諦めるしかないな」社長はバブル崩壊後の本土の企業では常識化している利益追求最優先、社員は道具として酷使する経営手法からは完全に乗り遅れている。
「帰ってこい」と命じられることを予測していた淳之介はあらためて社長に敬意を抱くのと同時に本土の悪い面だけを模倣する沖縄本島とは違う八重山流の社会風習に感謝した。これが普通の若いウミンチュウであれば「俺、大丈夫です」とヤル気を披歴するところだが、淳之介は就職した時から「あかりを守る」と言う意識を抱いているので無理はしなかった。
「日中なら単独でも大丈夫か」「はい、心配ないと思います。日の出と同時に出航します」石垣島の標準時刻の日の出時間は7時10分過ぎだが南にある分明るくなるのはかなり早く、実際は6時過ぎには出航できるはずだ。
「運んでくる貨物があれば載せるんだが今のところ空船にするしかないな。燃料代役場持ちのお前の実習航海と言うことで納得しよう」話し終った社長はいつもの口調に戻って電話を切った。つまり今回は1泊2日の実習航海なってしまったようだ。
「やはり自衛隊を誘致する目的は迷惑料ですか」日没後、港に続く商店街の食堂で夕食をとっていると一見して本土のインテリ風の男がカウンターで酒を飲んでいるどう見てもシマンチュウの集団に質問していた。内容から取材に来ているマスコミ関係者なのは明らかだ。
「いや、このままでは島が中国に占領されてしまうから・・・」「それでは自衛隊が市町村協力費と呼んでいる迷惑料は要らないのですか」この質問がマスコミ得意の世論誘導なのは淳之介にも判った。マスコミとしては住民投票の結果がどちらになっても、自衛隊の誘致の目的はあくまでも予算の獲得と過疎対策にして中国の脅威は二の次にしたいのだ。
  1. 2020/12/15(火) 13:37:18|
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