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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

12月20日・衆愚の象徴・青島幸男元東京都知事が死んだ。

2006年の12月20日に何の見識も持たない大衆の投票行動による選挙が本当に民主主義を実現するための制度なのかに疑問を感じさせた元参議院タレント議員で元東京都知事の青島幸男▲(=さん欠く)が死にました。年甲斐もない74歳でした。
青島▲は昭和7(1932)年に東京日本橋の弁当屋の次男として生まれ、敗戦後に旧制都立中学校に入学しましたが、学制改革で新制高校になったのを機に早稲田大学付属高校に転校しました。そのまま早稲田大学に進学して4年になった22歳の時、兄の婚約者に惚れてしまい悶々と悩むうちにガス自殺を図り、それで死ねなかったことで常識を喪失したのか奇行を繰り返すようになったため心配した兄が婚約者を譲り、3年後に結婚しました。さらに結核を患って就職を断念して大学院に進みますが、後年に作詞した「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」はこの時の「順当に就職できた者は断念して悩んでいた自分よりも気楽だ」と言う屈折した感情を表現したものでした。ただし、青島▲は大学院在学中に放送作家に転身しているのでサラリーマンの経験はなく「ニッポン無責任時代」などの組織の一員として懸命に働くサラリーマンを馬鹿にした一連の作品は傍観者としての嘲笑に過ぎず、サラリーマンが現実逃避に共感したのは勝手な思い込みでしょう。
その後、青島▲は放送作家の枠を超えて多方面で活躍しますが、これまでの裏方とは違い自分も進んで脚光を浴びるように立ち振る舞い、バラエティ番組などでの毒舌が四角四面の常識の中で暮らしている庶民の支持を集め、次第に実態不明の大物文化人的な扱いを受けるようになり、1968年に知名度が当選の条件だった参議院の全国区に出馬すると2位で当選しました。おまけに次の1974年の選挙からは街頭演説などの選挙運動を一切行わず、消費税に反対して辞職した直後の1989年の選挙で落選した以外は知名度だけで4回の当選を果たしています。
そして4期在任した鈴木俊一都知事の勇退を受けて行われた1995年の東京都知事選挙に出馬したのですがこの時も選挙運動は一切行わず、他の候補が今後の都政の所信の激論を戦わしている中、臨海副都心での開催が決定していた世界都市博の中止だけを公約にしてハワイで過ごしていました。そうして自民党、社民党、公明党、新党さきがけ、自由連合が支持した元官僚の候補に40万票以上の大差をつけて圧勝した直後に野僧は目黒の幹部学校に入校して青島新都知事の言動を目の当たりにすることになったのです。
東京では選挙が行われた4月8日の直前の3月20日に地下鉄サリン事件が起こり、陸上自衛隊化学学校が車内で除染作業を行ったにも関わらず事件当時はハワイで遊んでいた青島都知事は自衛隊違憲論と不要論を公言しました。また都市博も唯一の公約として中止を強行し、バブル崩壊後の大型工事として多くの社員を雇い、高額の資材を購入して準備を進めていた建設会社に大打撃を与え、倒産に追い込みました。
結局、青島都知事は無責任を売り物にしている人間に知名度だけで投票した東京都民の愚かさを体現していたのですが、この衆愚はその後の各種選挙でも似たような投票行動を繰り返しているので、人口による「一票の格差」は即座に否定されるべきなのです。
  1. 2020/12/20(日) 13:32:56|
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