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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2134

着任の歓迎会で木村1佐から日本の安全保障政策が一転するような法整備が進んでいることを聞いてはいたが、オランダ在住で国際刑事裁判所勤務では情報の入手は困難だった。インターネットで検索しても日本政府の公式サイトは審議中の法案についての解説は掲示しておらず、茶山元3佐に関係する新聞記事を送ってくれるように頼んだものの紙面の大半をこの問題に割いているそうで古新聞の回収のようになり、折り返しに郵便料金を送ることになった。そのため木村1佐を訪ねて国会審議の推移を確認するようにしたが、訪問の頻度が増えたので大使館では私が近藤1佐よりも好意を持っていると思われているらしい。
「ただいま」「おかえりなさい。安川さんから重い封筒が届いているわよ」そんな折、松本の第13普通科連隊の小隊長になっている安川3尉から分厚いA4版茶封筒の書簡が届いた。エア・メールなので切手は1090円分も貼ってあり(当時の500グラムまで)、梢も少し困惑した顔で置いてあるテーブルを手で差した。
「なるほど、中隊で安保保障関係法案の教育をするのか。守山でも田島2尉や松山3尉にやらせたな」ウガイを終えてリビングに戻り、中身の資料をテーブルに広げ、その前に書簡を通読すると「中隊長の命令で国会で審議中の安全保障関係法案の内容と成立した時に変更される点を教育することになった」とある。どうやら教案=レッスン・プランの添削の依頼のようだ。
「要するに中隊長を驚かせるような台本を書きたいんだ。と言うことは中隊長は防大出か部外だな」部隊では上手くすれば将官、順当なら連隊長や大隊長、下手を打っても連隊本部の幕僚にはなれる防衛大学校や一般(部外)課程出身者と叩き上げの部内出身者の間には「中隊長」と言う役職に腰かけと最終目標の違いがあり、内心では相容れない感情を抱いていることも珍しくない。私も人事管理上は一般課程(部外)出身だが、大学中退の特例のため守山や久居では航空から紛れ込んだ「特殊な部内」扱いされていた。そのためなのか部内出身の田島2尉とは曹侯学生の先輩後輩としてつき合い、むしろ東京6大学卒の松山3尉の方が懐かなかった。
「隊員教育は若手幹部としての自学研鑽だから甘やかす訳にはいかんが、隊員には十分な知識を与えてもらいたいしな」書簡に続いて教案を手に取ったが、梢の夕食の下ごしらえが終ったので確認は食後にして日課の散歩に出かけることにした。
「自衛隊が自衛隊じゃあなくなっちゃうみたいね」「確かに我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため直接侵略及び間接侵略に対して我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じて公共の秩序の維持に当たる組織の枠からは完全に逸脱してしまうな」今回の問題は自衛官の私が自衛隊と言う職業が変質する過程をオランダから遠望しているのであって梢は立ち入ることを避けている。ただフィリピンの佳織とは連絡を取っているので私が木村1佐から聞いてくるのと同様の情報は知っているようだ。
「加倍首相としては日本がここまで国際社会に踏み出しているのに憲法の制約で必要な対応ができない状態を解消したいんだろうけど加倍政権が永遠に続く訳じゃあないんだ。雀山や缶みたいな首相の命令で国際紛争に派遣されれば自衛官が無駄死にさせられるのは目に見えているよ」私の見解に梢は表情を固くしてうなずいた。今のところ自衛隊の海外派遣では過労などによる病死以外に殉職者はいないが、カンボジアPKOでは岡山県警の高田晴行警部補が「戦死」している。高田警部補の戦死はPKO法の審議で自衛隊の問題だけが議論され、文民警察官については素通りさせたため、安全な日本国内と変わらない護身用の装備や防弾性を強化していない車両、オランダ軍に警護を依頼しながら非常時の対処訓練を実施していないなどの不備が重なった結果だ。ここで心なしか歩調が重くなった。
「もう1つ気になっているのは加倍首相が山口県人だと言うことだ。山口県人には特有の政治的判断があって、下手すれば国際社会で日本が地位を向上するためには自衛官が他国の軍人並みに戦死する必要があるって非情な計算を腹の中で弾いているのかも知れん」「それは常任理事国になるためと言うことね」加倍首相の風貌は真っ正直な好人物にしか見えないが、吉田松陰が私塾で扇動した「尊皇攘夷」の狂気を信じ込んだまま明治政府の中枢を占め、外国を全て敵視して国際社会に乗り出したことで不要な戦争を繰り返し、わずか77年間で日本を滅亡させたのが山口県人だ。
「それじゃあ貴方は反対なのね」「日本がここまで国際社会に踏み出している以上、日本人が危険に巻き込まれた時、自衛隊が対処するのは当然だろう。問題は海外で活動する自衛隊が国内法で雁字搦めにされていることだ。海外に出すなら守るのは武力紛争関係法だけにするのが政治の責任だ」私自身も海外で任務を遂行して国内法で刑事被告人にされる不条理を味わった。私の言葉に深い憤りを察した梢は腕を絡めて肘を強く胸に引き寄せた。
  1. 2020/12/24(木) 13:54:11|
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