fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

第7回通信「宗教」講座・スリランカの話

「自分のペースで読むから、途中で勝手に切るな」と言う意見が寄せられていますので、今回から全文を一括掲載することとします。

日本の太陽暦のカレンダーでは5月ですが、アジア各国では公的行事は太陽暦でも、民間の風習は太陰暦で行っている場合が多く、4月8日の釋尊降誕会(灌佛会)もタイやスリランカではこの時期に行われています。
佛教国・スリランカでは、この4月8日から15日までの1週間をウェサック満月と言って釋尊の降誕と成道(悟りに至られたこと)、初法転輪(教えが伝えられたこと)、そして涅槃(逝去)を祝う盛大な祭りが行われます。
日本では初法転輪を除く3つは寺院内で別々に法要を行うだけですが、スリランカでは釋尊の生涯に感謝する国の祝日として、盆、正月、クリスマスに村祭りが一緒に来たような賑わいで、街中にイルミネーションや佛旗を飾り、あちらこちらに青森のネブタのようなそれぞれの場面を表した像を祀ります。
余談ながら初法転輪は、釋尊が弟子たちの前に優曇華(うどんげ)の花を示した時、ほかの弟子たちがその意味を考えた中、摩訶迦葉(マハ―カッサパ)だけが微笑み、釋尊はその花と一体になった境地を愛でて後継者に定めたのです。
この盛大な祭りでは布施の功徳を積むため、互いに無理のない範囲で食べ物を供養し合うので、お金がなくても果物や菓子、飲み物を十分に味わうことができます。
勿論、お金があれば過分の代金を払うのも布施の功徳で、日本人はどこに行っても「金がない」と言うのは通用しないようです。
野僧はスリランカ佛教協会会長の招待で訪問していたため、この祭りに合わせて60年ぶりに公開された釋尊の真身の舎利(本当の遺骨)に直接拜することができましたが、まさに舎利の名の通りの米粒のような遺骨でした。
スリランカは今から2千年以上前からの佛教国で、日本の皇室の三種の神器にあたる王権の象徴は釋尊の歯です。
この釋尊の歯はシンハラ王家の王女がインドで手に入れ、長い髪に編み入れて隠し母国に持ち帰ったとされています。
この時、スリランカには釋尊が悟りを開かれた時に坐っておられた菩提樹の分け木も移し植えられており、インド・ブッダガヤのネランジャラ河の畔の木は枯れてしまったため、こちらの菩提樹から苗を育てて持ち帰ったそうです。
このブッダガヤの菩提樹の根元は立ち入り禁じになっているのですが、麻原彰晃たちオウム真理教の幹部たちがインド巡礼の旅の折、現地僧侶の制止を無視して立ち入り、瞑想のポーズをとって写真を撮影したそうで、スリランカでも傍若無人な振る舞いが問題になっていて日本人の僧侶と言えばその話を持ち出され閉口しました。
スリランカのシンハラ王朝は1815年にイギリスによって王位を廃されるまでの2千年以上一系の血筋であったと言う意味では日本の皇室と遜色ありません。
この王朝は佛教の教えを基本として統治しており、2千年以上前に世界最古の動物愛護令や環境保護令を発布しています。
動物愛護令と言うと我々日本人は江戸幕府5代将軍・徳川綱吉の「生類憐みの令」を思い浮かべますが、それよりもはるかに古くからスペイン、イギリスによって侵略されるまで脈々と受け継がれてきました。
そのためスリランカでは動物は人間に苛められた経験がなく、犬や牛などの家畜は放し飼いで吠えることも暴れることもせず穏やかに暮らしていますし、大リスや猿は人の背中に上って甘えてきます。
牛が道路をふさいでいてもスリランカ人の運転手さんは「人間だったら腹が立つが、言っても判らない牛では仕方ない」とクラクションも鳴らさず待っていました。
毒蛇のコブラでさえ踏んだりしなければ餌にならない人間に噛みつくことはなく、実際、野僧の足元を這って通り過ぎて行きました。
一方で環境保護令のため材木を伐採するのに非常に煩雑な手続きが必要な上、スリランカの役所の仕事は非常にユックリなので、建築工事は木材がきた時に板や角材への加工からやると言うのが常識になっていました。
ですから野僧が入る予定だった寺の建築工事でも「ここに板を張る」と言えば、その材料を
探し、板を作ることから始めていました。
スリランカやタイの南方佛教には日本のような宗派や僧侶の位はないそうです。
現在の日本では僧侶の上下関係は「位階、役職」「どこ(場所)でどのくらい(期間)修行をしたか」と「誰の弟子か」、そして何よりも「どこの寺の息子か」が重要な要素ですが、南方佛教では戒律を幾つ保っているか(佛教の戒律は守るのではない)で決まるようです。ただし、これも「俺は保ってるぞ」と言う自己申告では駄目で、それを保っているという高僧の証明を受けなければなりません。
しかし、この戒律には「金銭に触れない」「労働をしない」「地面の虫を踏みつぶさない」「熟睡しない」など現代社会では保ち得ないようなモノも多く、その証明を受けようと僧侶がタイとスリランカを探しまわるようなことも行われているようです。
ただ佛教の戒律は列車の線路のように「ここから外れてはいけない」と言う強制的なものではなく、むしろ道路のガードレールのように「保っていた方が安心」と言う穏やかで健康な日常を送る上で有益な内容が多いようです。
スリランカには釋尊が3度、布教に訪れたと言う伝承があります。
日本だけでなく中国、韓国でも佛教は佛像と経典がシルクロードや海路で伝えられた始めから儀式と学問の宗教でしたが、スリランカでは実際の釋尊の肉声が伝えられてきた教えであり、佛像も先ほどまでそこにおられた釋尊の姿を忘れないために作られた記念物で、触れれば体温を感じそうなくらいのリアリティーがあります。
ちなみに日本の佛像は元から人形であり、死人の顔をモデルにしているため無表情ですが、スリランカの佛像は満面の笑顔で、お会いすると声をかけてもらえそうで嬉しくなります(小庵の本尊さんもスリランカ佛教協会から拜領の尊像です)。
ですからスリランカの人々は日本人が弘法大師や親鸞聖人、ヒョッとすると一休さんや良寛さんを思うくらいの近さで釋尊を感じているのかも知れません。
その点、タイでは佛教が王権と結びついているため社会的影響力が強く、保守的で独善的だと言う批判が最近は公然とされるようになっているようです。
スリランカは佛教国と言っても佛教徒は国民の70パーセントで、あとはヒンズー教徒、キリスト教徒とイスラム教徒が10%ずつだそうです(日本の佛教各宗派の信者数を合計すると人口をはるかに超えてしまいますが)。
このうちキリスト教徒はスペイン、オランダ、イギリスの植民地時代に改宗した人以外ではヨーロッパ系の企業に就職するのに有利だからと言う者も多いそうです。
またイスラム教徒はアラブからの移民が多く、中には佛教よりも戒律が緩く、特に「一夫多妻を認めてくれるから(国内法でも)」と改宗する者もいるそうです。
スリランカはイギリスの植民地であったため国民は非常に紳士的で、マナーや服装は今の日本人など比較にならないほどキチンとしており、あの熱い国でかなりの田舎に行っても皆、髪は七三分け、上は襟付きの服、下は長ズボンかサロンと言う腰巻です。ただし足は佛教の戒律で素足かサンダルが殆どです。
野僧はスリランカで幾つかのイスラム教徒の街を通過しましたが、店構えなどの街の風景から人々の顔つき、服装や行動、交通マナーまでほかのスリランカの街と異なり、一瞬「アラブに迷い込んだのか」と錯覚をするほどでした。
一方、ヒンズーの街は雑然としていて、原色に彩られた建物や行き交う人々の衣服は、まさにインドのイメージでした。
そんなイスラムの街で野僧はサロンを買ったのですが、「安いサロンを」と言ったのに、先ず「これは好い品だ」と一番高い品物を見せるので値段を確認すると案の定の最高級品。それで「もっと安い品を」と言うと今度は「いかにも安物」と言う品物を見せ、次にセンスの好い物を見せました。「これは好いな」と思って値段を確認するとまた高い品で、結局、自分で選びましたが、それでも縫い合わせの手数料が割高、それも後払いなので断ることも出来ず値切るだけで精一杯でした。
しかし、野僧は沖縄の市場や米軍基地で鍛えられているため、かなりアカラサマに値切りますが、普通の日本人では一番高い品物を言い値で買う羽目になったでしょう。
その頃はアフガニスタンでタリバーンがバーミヤンの石佛を爆破し、スリランカ国内でも怒った佛教徒がイスラム教のモスクを破壊する事件があったばかりだったので、野僧がイスラム教徒を相手に宗教戦争を始めても困りますから払いましたが。
ほとんどのスリランカの人々(=佛教徒)は、午前中の涼しい時間に畑仕事をし、暑くなると道沿いで収穫した野菜を売っていましたが、そのトマトや玉ネギは味も生産量も、多く売って儲けようと言う努力はあまりしていないようでした。
街には食品、飲み物の店が軒を連ね、日本の自動販売機とスーパー、コンビニの棚の数だけ店があると言う感じでした。
従業員も日本の倍はいて、ここでも人件費を少しでも削って利益を上げようと言う努力はなく、逆に働く方は安い給料でももらえれば有り難いと言う感じで誠実に働いていました。つまり「人間は3食食べられればあとはあれば有り難い、なければ仕方ない収入だ」と言う佛教的な無欲の生活を国中で実践しているようでした。
お金持ちの御屋敷は別にして、普通の家は屋根と壁と流しと便所と寝床があるだけです。しかし、考えてみれば人間が生きていくのにこれ以上何が必要なのでしょう。
日本人は色々な電化製品や家財道具に囲まれた快適で便利な生活を守るため目を引きつらせて必死に働いていますが、スリランカの人々は何もなくても、むしろ何もないからこそどこまでも優しく、穏やかでいられるのでしょう。
日本人は「物質と精神の豊かさでは、どちらが幸せなのか」をブータンに学んだばかりですが、野僧はスリランカで確認しました。
スリランカは実在する西方佛国土なのです。
                                 西方浄土・帰命尽十方無碍光如来

スリランカ佛スリランカの佛様
な・ダミサラ・セ―ラ師
スリランカのお坊さん
優曇華優曇華の花
大リス大リス    
               
  1. 2013/05/01(水) 09:53:54|
  2. 月刊「宗教」講座
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<5月3日・憲法記念日 | ホーム | TBS「空飛ぶ広報室」について2>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/691-fb782b2e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)