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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2308

国際連合ではカレンダーと一緒に新業務年度が始まるが、私は陸上幕僚監部法務官室の佐藤知美1尉からの年賀状を見て南スーダンへの公務出張を申請していた。
自衛隊の南スーダンPKOは民政党の缶政権が派遣を決定したが、自社連立の村山政権がルワンダ難民に対する人道派遣を決定したのと同様に国会内に反対勢力が不在なため十分な検討もなく前例踏襲式に武器は欠陥品の9ミリ拳銃と89式小銃(派遣部隊によっては64式小銃)に軽機関銃5丁だけでアフリカで最も危険と言われている内戦地域に送り込まれたのだ。さらに加倍政権は現地の治安の悪化を受けて自衛隊の戦闘行為を合法化するために「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防護」を任務に加えたが、正規軍同士の内戦にこの軽武装で介入することは日本軍伝統の自滅に等しく、例え佐藤1尉の将来に傷をつけることになっても内部から早期徹底を求める声を上げるように勧告するつもりだった。また私個人としては必要であれば日本で行政訴訟を起こすことも考えている。ところが月が替わる頃、私はモレソウダ首席検察官に呼び出された。
「モリヤ検察官、貴方が申請した南スーダン出張は却下されました」そう言ってモレソウダ首席検察官は私が提出した申請用紙を机の上で滑らせてよこした。用紙の上部には「レジェクテッド=却下」と言う赤いスタンプが押してある。
「やはり跳び込みの出張は年度末まで待たないと駄目ですか。それを日本では年度末の予算消化って言うんですよ」私の皮肉にモレソウダ首席検察官は表情を変えずに説明した。
「昨年の7月以降、南スーダンは事実上の内戦状態になっていて国際連合の職員も大半は国外に退避しているんです。確かに貴方は現職のジエータイの中佐ですが、現在の職務はこの裁判所の検察官ですから戦場に公務出張させることはできないと言うのが上層部の判断です」モレソウダ首席検察官には申請を提出する前に目的や必要性を説明してあるので「上層部の判断」と言わざるを得ないのかも知れないが、この口調ではこちらから「却下」を要望した可能性もある。
「つまり国際連合が公式に南スーダンは内戦状態にあると認定したんですね」「公式には発表していないけど現地事務所を必要最小限まで縮小するのは非常事態と考えていることは明らかでしょう」私の確認は日本のPKO法の派遣要件「当事者の間で停戦合意が成立している」が破綻したことを意味しているが、多くの国のPKOの派遣要件も同様の基準になっているので国際連合が撤退を促すような公式発表を迂闊に弄するはずがない。
「そうですか。残念ですが命令とあれば仕方ありません」私は却下された申請を受け取ると無意識に10度の敬礼をしてしまった。やはり命令に服従すると気分は自衛隊に戻ってしまう。
一方、休暇を取って自費で行くと言う手も考えないでもないが、南スーダンの自衛隊の宿営地でもある首都のジュバ空港にはエチオピアやケニアなどとの民間航空便が就航しても常識的に飛んでいるはずがない。鉄道はスーダンとの国境から西部のワーフまで線路があっても内戦で寸断されていて復旧には手がつけられていない。道路は内戦だけでなく高温多湿な気候もあって舗装が維持できず、こちらも機能していない。
「ところでカナダのケベックのモスクがキリスト教徒のテロリストに襲撃されたのは知ってる」「29日の日曜日の夜に起きたテロですよね」モレソウダ首席検察官は私の返事を聞いてソファーを進め、自分は立ち上がって例のコーヒーの準備に向かった。要するには公的業務を優先して用意していた雑談は後回しにしたようだ。
1月29日の現地時間の午後8時過ぎにカナダのケベック市内のモスクで発生したテロは、28歳の右翼のキリスト教徒が男性用礼拝室で日没後のサラート中のムスリム6人を射殺したと言う惨劇で、カナダだけに犯人は降伏して逮捕されたらしい。
「今のところマスコミはヨーロッパでも冷静に報道してるけど、ネットがテロの報復を扇動するようになると危ないわ」席に座りコーヒーを勧めるとモレソウダ首席検察官から論評を始めた。自国内のイスラム過激派によるテロでは敵意丸出しの扇動媒体になるテレビや新聞もキリスト教側が加害者になれば「後に続け」と犯行を教唆しない程度の分別は働いている。
それにしても利用者がインターネットは個人的意見の発表の場に過ぎないことを認識しなければ折角個人が手にした発信手段が「文明の利器」ではなく「凶器」になってしまう。
「実は南スーダンの内戦は政府内の権力の争奪戦に部族間抗争が重なっていますが、キリスト教とイスラム教の宗教対立も原因の1つなんです。北隣のスーダンはイスラム教国ですけど南スーダンは過半数がキリスト教徒で、だからイスラム教を背景にしている対立勢力には強い敵意を持って攻撃を加えて容赦はしないようです」「それでもイスラム過激派の介入はないんでしょう」「それも確かめたかったんですが・・・」却下された出張に別の必要性を追加するのは単なる嫌がらせだが、話していて思いついた業務上の関心事なのは間違いない。
  1. 2021/06/15(火) 14:11:55|
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