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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

作曲の遊び人(?)・小林亜星さんの逝去を悼む。

5月15日にCMソング「日立の木=この木何の木」を作詞した伊藤アキラさんが亡くなりましたが、5月30日に作曲した小林亜星さんも亡くなっていたことが発表されました。最近の医師は「肥満体では長生きできない」と断言しますが88歳だったそうです。ちなみに小林さんはインタビュー番組で「作曲は遊びのようなものなので『家』と付けられると偉そうでピンとこない」「遊び感覚で作曲するから子供にも喜ばれる歌ができる」と語っていましたから作曲家とは呼びません。
野僧は父親がプロ野球を見る時間帯だったため「寺内貫太郎一家」は見ていませんが(悠木千帆さんの「ジュリー」を見たいと念願していましたが果たしていません)、多くの作品を憶えて今でも鼻歌で愛唱しています。
小林さんは昭和7(1932)年に現在の東京都渋谷区で祖父は医師、父は役人、母は劇団員と言う変則的な家庭に生まれ、母が尊敬する舞台演出家が息子につけた名前を真似して「亜星」にしたそうですから本名です。慶応義塾大学付属の旧制・中学部と高等学校を経て父の意向で医学部に進みますが、母から受け継いだ血が騒いだのか進学後は音楽活動に明け暮れ、親に無断で経済学部へ転部して卒業しています。卒業後は大手製糸会社に就職したものの数カ月で退社してラジオ体操の伴奏曲で有名な服部正さんに入門し、レナウンの宣伝部で働いていた妹の紹介でCMソング「ワンサカ娘=ドライブウェイに春がくりゃ、イエイエイエ イエイイエイ イエイエイエ イエ・・・レナウン、レナウン、レナウン、レナウン、レナウン娘は ワンサカワンサカワンサカ、イエーイ イエーイ イエイ イエ―イ」で鮮烈なデビューを飾ったのです。
その後は前述の「日立の木」や藤圭子さんの唄声が今の加藤登紀子さんよりも魅力的でカラオケの定番だった(沖縄では日本酒のCMは滅多に流れないので単なる演歌だと思われていた)「大関酒造=白い花なら百合の花 人は情と男伊達 恋をするなら命がけ 酒は大関心意気」、そして日本生命の小母ちゃんにフルコーラスを唄って人気を博していた「木犀の花=(2番)木犀の花咲く頃に 故郷へ帰りたいな 祭囃子が聞こえる 浮かれトンビもピーヒョロロ 千代ちゃん待っててくれたかな そろそろ所帯を持とうかな 日生の小母ちゃん自転車で 笑顔を運ぶ故郷よ」「パンシロン=パンシロンで パンパンパン」などの人気CMソングを次々に世に送り出したのです。その一方でアニメ・ソングでも古くは「狼少年ケン」「河童の三平(水木しげる作品の実写ドラマ)」「怪物くん」「魔法使いサリー」「秘密のアッ子ちゃん」、自衛隊で絶大な人気があった「科学忍者隊ガッチャマン」など、歌謡曲ならモスクワ放送でも流れた「北の宿から」、裸の大将の主題歌「野に咲く花のように」ほか、そして石毛恭子お姉さんの太腿が魅力的だった「ピンポンパン体操」などの今でも愛唱している歌ばかりですが、感心するのは演歌からニュー・ミュージック、ポップスまで一般的なジャンルをまたいでいることです。これも遊び感覚で心が湧き立つ曲を心がけていたから為し得た離れ業だったのでしょう。心から感謝を込めて冥福を祈ります。追悼歌は「野に咲く花のように」でしょうか。 
  1. 2021/06/16(水) 14:43:35|
  2. 追悼・告別・永訣文
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