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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月8日・ナチス・ドイツが降伏

第2次世界大戦は1943年9月にイタリアが、そして1945年の明日5月8日にナチス・ドイツが降伏し、いよいよ日本は孤立無援になったのです。
最早、日本に勝ち目はなく一緒に、若しくは早急に降伏すればよさそうなものですが、それでも8月15日まで戦争を継続せざるを得なかったのは、一つにはナチスと戦い、ベルリンを陥落させたソ連との間に日ソ不可侵条約が締結されており、むしろ講和の周旋を期待していたこと、2つには陸軍は本土決戦で連合国軍に痛撃を加えた後、有利な条件で講話に持ち込む幻想を抱いていて、降服を進めれば内乱に発展すると脅していたこと。何よりも当時のアメリカから日本国民に発信されていたラジオの日本語放送が「天皇を裁判に
かける」と主張しており、天皇1人と国家を同じ天秤にかける陸軍の狂信的な1億玉砕の叫び声に平和への願いはかき消されていたのです。
4月に就任した鈴木貫太郎首相は海軍大将で、日本海海戦の英雄でもあり、陸軍の前では本土決戦に同調しながら影では講和への道を模索していましたが、遅々として進まず、その間に沖縄は陥落し、全国各地の都市は空襲のみならず艦砲射撃まで受けて炎上・破壊され特攻隊員たちは出撃していました。
敗戦によりイタリアの国王・ウィットリォ・エマヌエーレ3世は退位させられ、ムッソリーニは市民によって銃殺され、遺体を晒されました。ナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラーは愛人・エヴァ・ブラウンと共に自殺しましたから、権力者がどうせ命がないのなら死に花を咲かせようなどと追い詰められた考えにとらわれていても不思議はありません。
日本の反戦平和主義者はドイツは全面的に謝罪し、今も自分の罪を忘れていないのに比べ、日本は反省が足りないと批判しますが、ドイツもこの日を8月15日の敗戦の日と同様に休日などにはしておらず、日本だけが反省が足りないとは言い切れません。イタリアは全く懲りていないように見えませんか?
  1. 2013/05/06(月) 08:58:36|
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