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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2346

翌朝はテック夫人に無理を言って前夜にサンドイッチの弁当を作ってもらい早朝に出発した。今日はスイスを出てフランスとイタリアの国境で西ヨーロッパの最高峰(ヨーロッパの最高峰はロシアのコーカサス山脈のエルブルス山・標高5642メートル)のモンブランに向かうのだ。マッターホルンではシェルマットに当たるモンブランのフランス側の麓の村・シャモニーまではジュネーブから列車で2時間45分、そのジュネーブまでもチューリッヒから2時間45分、乗り継ぎが上手くいっても到着は昼過ぎになる。
「残念ながらモンブランのロープウェイは無理ね」朝一番の特急列車に乗って手作りのサンドイッチを頬張りながら梢が呟いた。モンブランのロープウェイは連峰と言うよりも群峰の1つ、エギーユ・デュ・ミディの山頂付近の標高3777メートルまで登ることができて1979年にシェルマットのクライン・マッターホルン山頂付近の標高3883メートルまでのロープウェイが運行を始めるまで20年以上も世界最高地点まで登れる旅客輸送手段だった。
「流石にエギーユ・デュ・ミディのロープウェイは恐いんだよな。麓のシャモニー・モン=ブランから2317メートルで乗り継いだ後は終点まで支柱が1本もないんだろう。高い山の強風であおられればゴンドラは揺れまくるぞ」私は梢がフンランス語のガイドブックを日本語に訳した文章を読んで以来、高所恐怖症が始まっていた。富士学校のAOCに入校中に佳織以下の家族と甥の雄馬で行った箱根の大湧谷のロープウェイも支柱がないが高さが違う。兎に角、富士山の山頂よりも1メートル高い場所まで登るロープウェイなのだ。
「ガイドブックで見ると『針峰』って言う名前なのが納得できるような不思議な形の山だから実際に見てみたいけど、コ―村の民宿の小父さんにモントルー駅に迎えに来てもらうのにあまり遅くはなれないもんね。マッターホルンへは2回行ったんだからモンブランも気に入れば何回も行けば良いのよ」梢が言うようにエギーユ・デュ・ミディはフランス語の「正午の時計の針」と言う名称のとおり、日本の槍ヶ岳に似た細い岩を天に突き立てている形だ。シャモニーから見上げると正午に太陽が山頂に突き立てられているように見えるらしい。今回はそれも見ることができない。そうなるとシャモニーで次回の宿泊先を探すべきかも知れない。
「お前が訳した文章にあったけどモンブランはまだ標高が確定していないのか」サンドイッチを食べ終えて駅で買ってきた缶コーヒーを飲みながら話題は毎度の雑学に移った。
「うん、山頂付近は巨大な氷の塊になっているから岩の山頂の位置と高さは推定の域を出ていないそうよ。昔は4807メートルって言われてきたけど今は4792メートルに変更されて、位置も氷の山頂から40メートルずれているんですって」梢の雑学は旅行社時代からのフランス語力があるだけに日本語と英語限定の私よりも数段上だ。実際、モンブランの標高は2002年になってフランスの国土地理院が衛星測位システム(GPS)を使用して測定した結果、4810メートルに修正され、翌年に氷河学者の調査隊が再測定すると4808メートルと2メートル低くなった上、位置も75メートルずれた。するとヨーロッパの関係学界は差異が生じた原因が測定の誤差ではなく気候変動の影響と言い出して、山体に500カ所以上も気象観測装置を設置し、2年ごとに標高を測定するようになった。梢が説明した数字は最新の測定結果のようだ。しかし、素人には気温が数度上昇・下降したからと言って岩の山体が数メートルも膨張・収縮するとは思えない。これもヨーロッパ人が常習する自分の主張に現実を当てはめることで補強する論理展開のようだ。
「ケーキのモンブランは山の形に似せたって言うけど本当に似ているわね」レマン湖に差しかかりジュネーブに向かう車窓からはモンブランが見えてくる。私たちはジュネーブとローザンヌに来ているので見るのは3回目だが、目的地となると関心が特化される。
「モンブランは芋の麺の黄色いケーキだろう。色が違うよ」「あの細長いのは漬けっ放しにしたマロングラッセのペーストだから栗よ」生クリーム好きでモンブランを食べない私が夏の日差しで山頂付近の氷河が白く輝いている風景と比べて揶揄すると梢が修正した。
「でもモンブランはフランス語で『白い山(モンが山)』って意味だからケーキも白くするべきかもね。イタリア名のモンテ・ビアンコも同じ意味よ」「あれは白山なのかァ」ケーキのモンブランで外してしまった私はボケの連発で胡麻化した。日本の白山は雷鳥が有名な石川県と岐阜県の県境にある標高2702メートルの山だ。守山の連隊の福井県出身の隊員は「福井県の山だ」と言い張っていたが地図で確認すると福井県は通っていなかった。どうやら福井県では白山信仰が盛んなため学校の遠足などで登山する伝統があって愛着が強いらしい。モンブランもフランスとイタリアの国境が山頂を通るように引いてあるが、位置がずれるためその度に外交交渉で変更し、山岳地図の記載も訂正するそうだ。
  1. 2021/07/23(金) 13:49:34|
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