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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2349

今回も休暇の最後はバートラガーズのアレクサンダー・レーア大尉の民宿に泊まり、大尉が指揮官を勤めるスイス陸軍山岳歩兵部隊の訓練に見学の名目で参加する。今回は訓練の最終日の射撃訓練でSIG社のSG550小銃の実弾射撃を体験させてもらう予定だ。私は内心ではこの見学をオランダの検察官生活では薄らいでいく陸上自衛官としての意識を呼び覚ます好機と捉えていて政治問題にならないように細心の注意を払いながらも真剣に臨んでいる。
「我が国(スイス)では射撃は国民の人気スポーツ競技ですから気軽に参加して下さい。民兵の訓練は人気スポーツを普及するための講習みたいなものです」レーア大尉は私有の軍用車両で森の奥の訓練場に向かいながら私をリラックスさせるために声をかけてきた。自衛隊では過剰なほど銃器と射撃の危険性を強調し、隊員に極度の緊張を強いるが本来は「平常心」でなければならず、むしろリラックスさせるべきだろう。私が守山・第35普通科連隊の中隊長だった時、射撃訓練の指揮官を命じた松山千秋3尉が「訓練の成果が上がらない原因は若い隊員が緊張しているからだ」と考えて衛生隊の医官に精神安定剤の処方を申し入れたことがあった。当然、医官は拒否して連隊本部に通報したため問題になったのだが、私は「やっぱりドーピングになりますか」と答えて副連隊長を激怒させた。実は本心では戦場での射撃は敵と自分の人命を奪い合う緊張感の中で実施するのだから「精神安定剤が射撃に及ぼす効果について検証したい」と言う職業的な興味があったのは確かだ。
「この地区の民兵の号令はドイツ語なのでモリヤ中佐には通じないでしょう。単独で日本式の射撃方法を展示すると言うことでどうですか」「前もって『初めて扱う小銃だから操作に戸惑うかも知れない』と隊員たちに説明しておいてくれ。その上で指示に従おう」車内で話が決まったところで訓練場に着くと今回は数台の私有の軍用車両が停まり、隊員たちは楽しげに射撃予習に励んでいる。これは完全にスポーツの試合前の雰囲気だ。
「本日は最初に日本のグランド・ジエータイ(陸上自衛隊)のモリヤ中佐に日本式の射撃方法を展示してもらう。モリヤ中佐は元歩兵中隊長だが、この銃を扱うのは初めてだから操作に戸惑うかも知れない。技量不足と誤解しないように。それではモリヤ中佐どうぞ」「日本の号令もかけるから参考にしてくれ」私の補足もレーア大尉はドイツ語で説明した。スイス軍では槓桿(こうかん)を引けば射撃可能の状態で射座に上がるので、レーア大尉に借りて射撃予習しておいたSG550に手渡された実弾20発入り弾倉を装着して射座の手前に移動した。
「射手とコーチは位置につけ」スイス軍式の実弾射撃では補助のコーチはつかないが実弾射撃は10年ぶりだけに丸暗記している号令を修正する余裕はない。
「目標正面のテーキ(的)・寝射ち」この号令で射手は射撃姿勢を取る。アメリカ軍式の寝射ちでは両膝と小銃の床尾を地面につけて支点にしながら腹這いになるが、自衛隊式では柔道の横受け身のように小銃を腰に固定して左手をついて身体を横向きにして倒れ込んでから足を開く。陸上自衛隊もアメリカ製のM1ガーランド小銃やM1カービン騎銃を使っていた頃にはアメリカ軍式だったのだが、国産の64式小銃では床尾への衝撃で不時発射・暴発する事例が続発したため長い歩兵銃を使っていた帝国陸軍式の伏せ方を復活させたのだ。
「弾薬手はコーチに弾を渡せ」「コーチは射手に弾を渡せ」「射手、安全(装置)確かめ、弾を込め」0点規正単射3パーツ(発)、射撃ヨーイ(用意)」「射て」スイス軍式では必要がない号令が続くが、実際の射撃でも射手とコーチは大声で復唱するので違和感はない。ただし、最後の「射て」の号令までに呼吸を調整しなければならないので初弾発射が数秒遅れた。
「うん、やはり銃身長が64式よりも長い分、命中精度が高いな。重心も手で安定し易いように設計されている。やはり射撃を熟知した狙撃用の小銃だ」私は善通寺・第15普通科連隊の小隊長時代に射撃大会前の中隊の訓練指揮官になり、64式小銃を飽きるほど射ったので飛んでゆく弾丸が肉眼で見える。自衛隊であれば採点射撃5発の前に0点規正として3発を2回射って小銃や射手の癖をクリック修正するのだが、今回は肉眼で確認しながら勘で射った。
「射ち方止めーッ」「射手とコーチ、その場に立て」本当は「安全確かめ、銃を置け」「射ち空薬莢の回収」「的の上下」「採点」ほかの号令が入るのだが流石にそれは省略した。
「随分、射つ前の号令が多いですが何を命じているんですか」案の定、孔が開いたはずの標的を交換するために300メートルの射場を歩きながらレーア大尉が質問してきた。
「ジエータイでは安全管理を重視するんで射手には補助するコーチがつくんだ。弾薬は射つ直前に配るから色々な係にかける号令が多いんだよ」「それにしても初めて射った小銃で全弾を標的に当てたのは流石です」標的を外す前に開いた弾孔を数えると弾痕不明はなかった。
スイス軍スイス軍のSG550小銃
  1. 2021/07/26(月) 13:47:17|
  2. 夜の連続小説8
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