fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2354

「貴方、謙作から周作の画像が届いているわよ」森田3佐が防府北基地から南基地の南側にある官舎まで自転車で帰宅すると玄関まで飛び出してきた秀子がスマートホンの画面を見せた。携帯電話の写メだった頃は解像度が低く、謙作が名寄から送ってくる風景や自衛隊生活の写真も迫力不足だったが、今ではプリントした写真以上に鮮明になり、必要であれば拡大することができるので使用頻度が上がっている。
「ほう・・・俺似で男前だな」「私似でイケメンなのよ」6月に生まれた周作は謙作と照子の2番目の長男で森田3佐と秀子夫婦の2番目の孫になる。今度は男の子だったので照子の大橋家では牧場の跡取りと期待しているが愛媛に帰る森田家としても独り息子を婿に渡した見返りに取り戻したいところだ。そんな訳で本来は再就職を決めるために愛媛へ帰省するべき夏季休暇は北海道旅行になる予定だ。それにしても防府から北海道でも旭川へは宇部空港から羽田空港で乗り換えになるので移動だけで1日仕事だ。
「泣き声も聞けるように動画にすれば良いのに」「まだオギャー、オギャーとしか言わないだろう。機嫌が好い笑顔で十分だ」この当たりの意見の相違は男女の差異だろう。
「それにしても作が付く名前ばかりで混がらがって困るわ」「敬作、謙作に周作か。これは通り字になったな」「通り字」とは直系男子の諱・名前で代々継承される漢字のことで源氏の「義」か「頼」(源氏では下の漢字「家」や「朝」も踏襲している)、足利家の「義」や織田氏の「信」、徳川家の「家」などが有名なので上の1文字と思われがちだが、皇室の「仁」や平家の「盛」もある。ただし、豊臣家の「秀」は2代で途絶えたので「通り字」とは言えない。
「俺の敬作は二男だから伊予宇和島藩医の二宮敬作先生みたいに広い世間で活躍する大人物になるようにって親父がつけたんだ。謙作こそお前が千葉県知事のファンでつけたんじゃあないか」妙な話題から言い合いが始まってしまった。二宮敬作は伊予宇和島城下の町医者で西洋医学を学ぶため長崎にシーボルトが開いた鳴滝塾に入門すると塾頭を務めた。シーボルトがオランダのスパイだったことが発覚すると投獄されたが、帰藩すると伊予宇和島藩の藩医に取り立てられた。さらに鳴滝塾で同門だった高野長英が鳥居耀蔵の策略・蛮社の獄で入牢した伝馬町から逃亡してくると自宅で匿い、英明な藩主・伊達宗城の下で藩の近代化を指導させた。そして欧米列強の脅威が増した幕末には高野長英の後継者を探している伊達宗城に大阪の緒方洪庵の適塾の塾頭だった村田蔵六を推薦して招聘させ、日本初の蒸気船を製作させている。しかし、全国的な知名度は低くてもこれだけ偉大な業績を残した人物では名前負けしているのは間違いなく、同じ宇和島出身ならゴム動力の模型飛行機の飛行に成功した二宮忠八にしてくれれば航空自衛官として自慢できたはずだ。
「貴方が嫌がったから漢字を換えたでしょう」「読みは同じだろう。俺はアイツの青春モノは嫌いなんだ。アンナ高校生がいるか」「貴方は幼馴染の女生徒の部屋に忍び込むエロ高校生だったもんね」玄関での言い合いが続くと森田3佐の方が劣勢に陥ってしまった。
「さよならは誰に言う さよならは悲しみに 雨の降る日を待って さらば涙と言おう・・・吉川くん」仕方ないので森田3佐は短靴を脱ぎ、秀子が大好きだった森田健作の青春ドラマ「俺は男だ」の主題歌を口ずさみながら横をすり抜けてリビングに向かった。あのドラマが放送された時、2人は小学校2年生だったが、森田3佐がアイドルに興味を持ったのは高学年になってからだ。その意味では秀子も随分ませたエロ小学生だったのではないか。それにしてもあのドラマに出演していた頃の千葉県知事は23歳、吉川くんの早瀬久美は20歳だったのでかなり無理がある配役だ。そのおかげで早瀬久美が海で溺れるシーンの水着姿(人工呼吸のために胸の水着を外された)に興奮したのは中学生になっていた再放送だ。
「照子の産後の肥立ちは大丈夫なのか」「何も言ってないから大丈夫なんでしょう。初産じゃあないし」「日和は元気でやっているのか」「何も言ってないから元気なんでしょう。もう4歳だし」箪笥が置いてある部屋で着替えながら森田3佐が声をかけると夕食の支度を始めた秀子は関心なさそうに答えた。森田3佐は高校時代に夜這いをかけて純潔を奪った責任を取って秀子と結婚したが、あの頃は別の同級生相手に女の味を憶えて鼻血を吹くほど性欲が爆発寸前で取り敢えず手近なところで間に合わせたのだ。その秀子と30年以上も夫婦として過ごし、定年後も強制連行される故郷で暮らしていかなければならない。
「お前は日和の祖母なんだから心配するべきだろう」「心配してるわよ。謙作が北海道の女なんかと結婚しなければ手元で育てるはずだった。原因を作ったのは謙作だから仕方ないでしょう」着替え終ってリビングに戻ると森田3佐は叱責したが秀子の反論は毎度の不満だった。テーブルの席に座り、テレビのニュースをつけた森田3佐は秀子の横顔を冷めた目で見詰めた。
  1. 2021/07/31(土) 15:23:13|
  2. 夜の連続小説8
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<8月1日・由来なき市名・愛知県豊橋市の市制記念日 | ホーム | 7月31日・スウェーデン政府公認のユダヤの英雄・ラウル・ワレンバーグの命日>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7062-9fd53506
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)