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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2373

「今回は大きな収穫がありました」半月近くの調査旅行(?)から戻ると私は翌朝にモレソウダ首席検察官に報告するため梢を連れて出勤した。すると何時もの流れで私たちにソファーを勧め、毎度の巨大なマグカップにコーヒーを注ぎに向かったが梢に「砂糖は」と確認したので当然断った。昨夜は流石に2人とも疲れが出て夕食も外で済ませ、2人でシャワーを浴びると届いていた郵便物を確認するところまでで寝てしまった。そのためノートに手書きした記録は全く整理していない。だから今日だけは大量の濃いコーヒーは助かる。
「モリヤ検察官の自筆の英文を見るのは初めてじゃあないかしら。サインは時々見るけれどチャイニーズ・キャラクター(漢字)だもんね」前に座ったモレソウダ首席検察官はテーブルの上にノートを広げた。私のサインは正確に言えば「花押」なのだが、説明が長くなるので省略した。実は自衛隊でも合議(あいぎ)や決済は押印よりも花押の方が正式で、私も守山で中隊長になって命令の決済権を得た時から花押にしていた。
「パソコンで清書してからにしようと思ったのですが、先ずは成果報告を優先しました」「モリヤ検察官の文字には癖がないから読み易いわ。これで大丈夫。コピーをもらっておこうかしら」折角のお誉めの言葉だが要するに個性が出るほど英文を書き慣れていないと言うことだ。日本語なら学校で習ったままの「楷書の英文」と言うのかも知れない。
「この図の数字はプリント・アウトしてきた破壊された集落と家屋の画像と照合して下さい。これなら証拠として提出可能だと思います」「・・・確かに」アフガニスタンを出国してパキスタンのホテルに泊まった夜に眠い目をこすりながらデジタル・カメラの画像とノートに記録してきた計測値を照合して番号を振ってあるのでモレソウダ首席検察官も納得と感心を同居させた顔でうなずき、私と梢も顔を見合わせて倣った。
「それにしても一軒一軒の住人の個人情報まで詳細に記録してあって驚いてしまうわ」「タリバーンの全面協力のおかげです」結局、現政権の支配地域では案内した治安部隊とアメリカ軍やNATO軍の将兵たちは破壊された家屋を全て「タリバーンの犯行」と言い張り、私の質疑には応じず、写真撮影を制限し、巻尺での計測も許さなかった。一方、タリバーンは最初の集落の指揮官の名前を出すと全面協力してくれたので、治安部隊とアメリカ軍やNATO軍の戦争犯罪の証拠ばかりが集まる結果になった。
「モリヤ検察官はその服装で言ったんでしょう。アメリカ軍と敵対しているタリバーンがよく協力してくれたわね。前回は接触するのを避けて情報を拾い集めただけだったけど」「実は始めは私の迷彩服を疑がわれたのですが、助手席の梢がブルカを着けているのを見て気を許してくれたのでムスリマの下で働いていると説明すると味方だと思ってくれたようです」「梢のおかげね。有り難う」これで梢の大手柄も説明できたが、岡倉との調査の方が正攻法なのは言うまでもない。今回はタリバーンが宗教指導者としての分別を守ってくれたから成功したが、他の相手では危険性の方が高い。その点は梢にもやんわりと厳しく指導した。
「この証拠があれば上層部に反論できるわ」私の手書きのノートに目を通し終ったモレソウダ首席検察官はテーブルの上を滑らせて2人の中央に返した。つまり2人の成果を賞賛してくれたのだ。前回、モレソウダ首席検察官が別件の囲み取材でアフガニスタンにおけるアメリカ軍の戦争犯罪の刑事告発を示唆した後、アメリカのトランプ政権は大統領選挙でアフガニスタンからの早期撤退を公約にしておきながら戦争そのものは共和党の2代目ブッシュ政権の成果として肯定し、それを否定するモレソウダ首席検察官を入国停止にして公務でニューヨークの国際連合本部に行くこともできないようにした。それ以外にも加えてきた強硬な圧力に国際刑事裁判所の上層部は屈服し、モレソウダ首席検察官に刑事告発の断念を通告して公式に発表した。確かにあの時は刑事告発するにも証拠が揃っておらず、公判を維持することは不可能だったので断念せざるを得なかった。
「上層部としては前言撤回と言う印象を与えたくないでしょうから、新たな証拠を入手して慎重に検討した結果になる程度の期間を置く必要がありますね」「トランプ政権の任期が後半に入ったところで結論を翻させるように内部工作を進めましょう」モレソウダ首席検察官は既に腹の中で作戦計画を立案しているらしい。
「商売人の大統領は『儲からない戦争だった』で納得しそうですが、難敵はアフガニスタン侵攻作戦の指揮を執ったマティス国防長官ですね。誇り高き海兵隊大将のマティス長官としては自分の栄光の軍暦に傷をつけられることだけは容認できないはずです」「そんな根っからの軍人が利益第一の商売人の下で働けるかしら」モレソウダ首席検察官の大きな目が怪しく光った。流石に長年にわたり国際司法の世界に身を置いてきた人物の情勢判断は恐ろしい。
  1. 2021/08/19(木) 12:43:15|
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