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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2384

ヨーロッパ各地で続発していたイスラム過激派による大規模なテロは警察と治安部隊が厳戒態勢を敷いていることもあってパリ市内での警察官の銃撃やスペイン・バルセロナの自動車暴走テロなどだけで散発的になっている。ただし、イギリスでは5月22日に起きたマンチェスター・アリーナ自爆テロと6月3日のロンドン橋での銃撃テロに対して6月19日にイスラム教徒を標的にした自動車テロが発生したため9月15日にも報復の爆破テロが起きている。
それでも平穏な気分で年末を迎え、夕食後に私は同じ干支の梢とリビングのテーブルに向かい合って国際郵便での年賀状を書き始めた。来年の干支は戌=犬なので小学生から愛読している「のらくろ」にしたいところだが、のらくろは大尉で予備役編入なり、佐官ならモール大隊長でも復刻版の単行本は防府南基地からの引っ越しで箱ごと紛失してしまった。
「年明けにはまたセルビアに行くことになった」数枚目を同時に書き終えた梢と顔を見合わせた時、私は今日モレソウダ首席検察官から与えられた出張命令を伝えた。
「セルビアへは去年も一度行ったじゃない」「あれはスレブレニツァのジェノサイドの現場確認が目的だったな」私は国際連合特別法廷が審理していたユーゴスラビア内戦中にセルビア人の国家・スルスプカスの軍がレブレニツァでイスラム教徒を大量殺害したとする戦争犯罪の実態を確認するため現地に赴いた。あの時はイスラム教徒の死霊を連れ帰ってしまい空港からアムステルダム市内の西モスクへ直行して慰霊の礼拝をした=あくまでも「お祓い」ではない。
「大統領と参謀長の控訴審が年明けから始まるんだよ。2人ともイスラム教徒の虐殺はセルビア人に対する武力攻撃を阻止するための自衛処置だったと無罪を主張しているんだが、弁護団はNATO軍が実施したデリバリー・フォース作戦でもセルビア人の文民が大量殺害されたって言い始めだんだ」国際連合特別法廷で2016年3月24日に懲役40年の判決を受けたスルプスカのラドヴァン・カラジッチ大統領と実行犯として2016年12月17日に終身刑になった陸軍参謀長のラドム・ムラディッチ大将が控訴したため国際連合の規約に基づき審理は国際刑事裁判所が引き継ぐことになった。弁護団としては1審での罪状認定と量刑への不服を控訴理由にするだけでなく「ユーゴスラビア内戦を終結させる」と言う名目でNATO軍が実施したデリバリッド・フォース作戦での都市空爆やPKO部隊とは規模が違う本格的な地上軍を派遣して抵抗勢力を制圧した事実上の軍事占領を戦争犯罪と訴えることで国際連合側の訴追資格に疑義を与えようとする法廷戦術のようだ。
この戦術は第2次世界大戦後の極東軍事裁判所=東京裁判でも日本側弁護団が実施しようとしたが、裁判長=主任判事だったオーストラリア人のウィリアム・フレッド・ウェッブは狂信的白豪主義者で世界の支配者たるヨーロッパ人のイギリス・アメリカ・オーストラリアが緒戦とは言え野蛮なアジア人の日本に圧倒された事実が許せず、弁護団が提出した原爆投下や都市爆撃などの文民の無差別大量殺害の調査資料を証拠採用しなかっただけでなく弁論さえも拒否した。現在の国際刑事裁判所の判事にそのような強引な法廷指揮を期待することはできないので、モレソウダ首席検察官としても再度の現地調査を命ずることになったようだ。
「今度は私も連れて行ってくれるんでしょう」話に区切りがついたところで梢が身を乗り出して迫った。その目には相変らず拒否を許さない圧力が在る。確かに先日のアフガニスタンでは通訳以上の活躍を見せて多大な成果を上げることに貢献した。その一方で今回の旧ユーゴスラビアでは5つの民族(スロベニア人・クロアチア人・セルビア人・モンテネグロ人・マケドニア人)の4つの言語(スロベニア語・セルビア語・クロアチア語・マケドニア語)が使われているが梢が通訳できる言語はなく同行する名目が断たない。
「気持ちは有り難いが、今回は正式な公務出張だから通訳としての会話能力がないお前を連れて行くことはできないよ」「4つの言語ね・・・」私の拒絶に梢は唇を噛んだ。
実は私が拒否したのにはもう1つ理由があった。旧ユーゴスラビアは内戦終結後も領土はセルビア人のスルプスカが49パーセント、その他の民族のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦が51パーセントに2分割されていて血みどろの内戦を教訓にした両国家が相互に融和と治安の維持に努めていると聞いている。とは言え前回の調査でも民族間・宗教間の本能的憎悪は根深く、アメリカによる侵略で湧いて出た傀儡政権を滅ぼして敬虔なイスラム社会を再建しようしているタリバーンのアフガニスタンとは別の危険性があるはずだ。梢の覚悟は私も理解し、心から感謝しているが、共に死地に赴くには大義名分が必要なのだ。
「若しもワシに何かあったら遺骨はお前が抱いて沖縄へ連れて帰ってくれ。墓は淳之介の島でも安里家に居候でも良い。お前を見守りながら待っているよ」「馬鹿、後を追うに決まってるじゃない」重くなった空気を払うために余計なことを言って泣かせてしまった。
  1. 2021/08/29(日) 15:30:32|
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