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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

9月21日・悩む!秋の祖先供養

明日9月21日は太陰暦の8月15日で東アジアの中秋節、日本の十五夜に当たり、一部の地域では「秋夕(チュソク)」と呼んで墓所を清掃し、祖先に収穫を供えて供養する風習があります。
同様に4月5日にも墓所を清掃して宴を催し、一族の繁栄と結束を披露する「清明(シーミー)節」がありますが、日本では春と秋に太陽が真東から昇って真西に沈み、日中と日没後の時間が大体同じになる春分と秋分の日に彼岸を勤めています。しかし、この春分と秋分の日に祖先供養を勤めるのは宮中行事を神道が踏襲した儀式で佛教が伝来して僧侶が宮中での儀式を代行するようになって取り入れた日本だけの法要です。
日本が江戸時代までのように佛教と神道が共存・融合していれば「日本独自の伝統的風習」として野僧も異存がないのですが、神道は江戸中期に登場した狂人・平田篤胤が素朴な自然崇拝の信仰を水戸学の尊皇思想に結びつけた天皇を現人神として崇拝対象に変質させ、その狂気を欧米列強の出現に危機感を抱いた一部の下級武士たちが「尊皇攘夷=倒幕」に暴走させた結果、明治初期に「廃佛毀釋」の凶風を起こして如来菩薩の加護を破壊すると国家神道は軍国主義となり、泥沼の武力紛争を繰り返した揚げ句に何の勝算もない対米英戦争に突き進み、この国を倒幕後80数年で滅ぼしました。
ところが神道は国家滅亡の元凶だった責任を一切認めないどころか大日本帝国憲法を制定した時の政府答弁の「神道は宗教ではない。国体だ」を踏襲して現在も神社の祭礼や清掃作業を地域の行事として住民に無料で勤労奉仕させるだけでなく、宮司の給与と神社の運営資金を徴収しているのです。したがって野僧が神道の儀式を小庵で勤めるのは平田篤胤の狂気と国家神道の大罪を不問に伏すことに他ならず、春は清明節、秋は秋夕に祖先供養を勤めてきました。
しかし、共産党中国の細菌兵器が蔓延して以降、彼岸が近づくと小庵に魂魄が集るようになり、それは明治5(1872)年に太陽暦に移行した際、明治政府が太陰暦の日付を太陽暦に換算する作業を怠って同じ日付で踏襲した関東地方と北陸の一部限定の7月15日の盆も同様で(小庵の盂蘭盆会は太陰暦の7月15日=2021年は8月22日)、おそらく細菌兵器の感染予防を口実に法要を勤めなくなった家庭の魂魄が西方浄土から本州に上陸した場所にある小庵で勤経を聴いて自分を納得させているようです。
こうなると9月21日の秋夕に祖先供養を勤めてしまうと23日の春彼岸のお中日に来庵した魂魄の期待に背くことになり、4月5日の清明節では逆に待ち切れない可能性もあります。小庵でも春秋の彼岸明けを「牡丹餅の日」「お萩の日」としてスーパーの売れ残りで安売りする餡子ろ餅を供えて施餓鬼供養していますが、祖先供養用ではないので満足はしてもらえないかも知れません。
野僧が彼岸を避けているのはあくまでも現世の理由なので、生まれて死ぬまで「お盆とお彼岸にはお墓へ行って先祖の霊にお参りする」と言う習慣を守ってきた魂魄たちの想いに応えるべきか。されど神道の大罪は許し難い。ここは思案の為所(しどころ)です。
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  1. 2021/09/20(月) 13:56:29|
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