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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

5月15日・5・15事件

1932(昭和7)年の明日5月15日に官邸で犬養毅首相が暗殺された5・15事件が起きました。
この事件は1929年の世界恐慌で困窮した国民を救済することなく汚職と権力争いに明け暮れる政治家に失望した海軍の若手将校が起こしたと言われていますが、1930年のロンドン海軍軍縮条約に反発していた海軍中尉・藤井斉(事件前に大陸で戦死)らの若槻禮次郎首相を襲撃する計画が伏線にあります。
ところが若槻内閣は1932年2月20日の総選挙で立憲政友会に大敗して退陣、犬養毅内閣に政権交代したのです。
犬養首相は1931年に陸軍が起こした満州事変を黙認し、陸軍との関係は良好でしたが、ロンドン条約に関する動きはなく政権交代も事件を思い止ませることにはなりませんでした(この手の過激な連中は条約を破棄しなければ納得しないでしょう)。
事件では表門5名、裏門4名で首相官邸を襲い、食堂にいた犬養首相を表門組の三木卓海軍中尉が発見して拳銃で撃ったものの弾が入っておらず未遂、首相自身に案内され応接間へ移動、そこで「話せばわかる」「問答無用」と言い合っているところへ裏門組が到着して発砲、弾丸は腹部に命中し、三木中尉が頭部を撃って致命傷を与えました。しかし、即死はせず、首相は意識を失うまで「先ほどの将校を呼べ、話して聞かせることがある」と言っていたそうです。
それでも三木中尉は事件後の軍法会議で懲役15年の判決を受け、6年後の昭和13年に仮出所しています(2・26とは違い、個人参加だったので罪は軽かった)。
もう1つ、この事件は首相を暗殺したテロだけではなく、古賀清志海軍中尉や中村義雄海軍中尉などの別動隊が日本銀行、三菱銀行、与党・立憲政友会、変電所6カ所を襲撃して手榴弾を投げるなどしましたが破壊は出来ず、さらに牧野伸祥顕内大臣邸にも拳銃を発砲しました。それにしても牧野伯爵は2・26事件でも襲われましたから憂国の士(不満過激分子と言うべきでは?)にとって余程許せない人物だったのでしょう。
この歌の作詞・作曲は三木卓中尉ですが、同姓同名の作家さんとは別人です。

  昭和維新の歌
1、泪羅(べきら)の淵に 波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は 乱れ飛ぶ     
  混濁(こんだく)の世に 我れ起てば 義憤に燃えて 血汐沸く         
2、権門(けんもん)上(かみ)に 驕れど 国を憂うる 誠なし
  財閥富を 誇れども 社稷(しゃしょく)を思う 心なし
3、ああ人栄え 国滅ぶ 盲(めし)いたる民 世に躍る
  治乱興亡 夢に似て 世は一局の 碁なりけり
4、昭和維新の 春の空 正義に結ぶ 益良雄(ますらお)が    
  胸裡百万(きょうりひゃくまん) 兵足りて 散るや万朶(ばんだ)の 桜花     
5、ああうらぶれし 天地(あめつち)の 迷いの道を 人は行く
  栄華を誇る 塵の世に 誰が高楼(こうろう)の 眺めぞや
6、功名何ぞ 夢の跡 消えざるものは ただ誠
  人生意気に 感じては 成否を誰か あげつらう

航空自衛隊幹部候補生学校の学生用隊歌集には歌の題名だけが記されていて、野僧は歌詞カードを自作して中隊朝礼で練習させました。ところがその年の夏に公開された映画「2・26」で歌われたのですが、野僧が陸軍将校だった大叔父から習った曲と微妙に違い困りました。
  1. 2013/05/14(火) 09:43:16|
  2. 日記(暦)
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