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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2433

2019年の2月、島田元准尉はローカルFM番組を録音放送にして妻の順子と九州に出かけた。最近、同級生の訃報が続き「年賀状を見るのが辛くなった」と言う小倉在住の高校の同級生たちが「最後の同窓会」を企画したのだ。順子も阿蘇の親族や従姉兄が高齢化したため一緒に帰郷することにした。もう1つ、熊本に向かう前に久留米で現役時代に娘のように愛し、育てた元小隊長と対面することになっている。
「島田、日本と韓国は戦争になるとか」幹事が「最後の同窓会」と銘打っただけに会場の割烹の座敷の床の間には担任の教師と亡くなった同級生たちの遺影が並びビールを注いだグラスを供えてから乾杯になった。酒が入って気分が60年前に戻ると教室で政治問題を熱く議論していた連中が時事問題を吹きかけてきた。同級生には小倉の連隊や下関の海上自衛隊、芦屋の航空自衛隊で勤務していた同業者もいたのだが、自衛官は退官して健康管理が自己責任なると数年で亡くなる者が多く、同級生たちも全滅してしまっている。そんな中で島田元准尉だけが元気で若々しいのは公私共に充実した毎日を送り、順子の生活管理が適切だからだろう。九州男児は亭主関白なので妻の生活管理が行き届かないことが多い。
「確かに最近の韓国は完全に日本を敵視しているな。北朝鮮との友好関係が完成したから戦力を日本に向けて長年の恨みを晴らすつもりなのかも知れないぞ」答えながら島田元准尉は周囲を見回した。小倉は八幡製鉄所や筑豊炭鉱で働いていた半島人労働者が多く、同級生にも何人かいたが今日は出席していないようだ。
「いっそのこと自衛隊からやっちまえよ」「舐められとるとつけ上がる一方ばい」同級生たちも在日の同級生がいないことを確認して発言の色を赤くした(=危険色)。12月20日に日本海中部で韓国の海洋警察庁の警備船と海軍の最新鋭大型駆逐艦が北朝鮮の漁船と接触しているのを上空から確認した海上自衛隊の対潜哨戒機・Pー1に駆逐艦が艦対空ミサイルの照準のための火器管制レーダーを照射した問題は、日本政府の抗議を受けて韓国海軍は事実を認めておきながら12月24日になって国防部が否定に転じ、1月2日には「遭難した北朝鮮の漁船を捜索・救助中にPー1が低空で接近して威嚇した」と日本側に原因があると反論し始め、その後は証拠と称する動画の応酬になっていた。さらに1月23日には東シナ海で訓練中の韓国海軍の艦艇をPー1が威嚇したと発表して前回と同様の海面が映っていない望遠で撮影した動画を公開した。これら一連のニュースを思い出して島田元准尉たちも在日の同級生が自分の落ち度の責任を押しつけた揚げ句に「在日を差別した」と教師に訴えていた記憶が重なってきた。
「残念ながら自衛隊の現有戦力で韓国軍に勝てるのは海上だけだな。むしろ対馬の住民を本土に避難させることを考えるべきだろう。小倉も危ないぞ」「そうたい。東京から腰かけに来る警察官僚がヤクザたちば叩くから完全にヘソを曲げちまったばい」この見解は三沢のヘリ空輸隊で勤務している息子の島田信繁准尉が年末年始休暇で帰省してきて1月2日のニュースを見て口にしたものだ。信繁としては緊急時に大型輸送ヘリで対馬と本土を往復する可能性を考えたのかも知れない。島田元准尉が育った戦後間もない頃は敗戦国家・日本とは別の「三国人」と称する半島人に警察も手が出せず、やがて全国各地で暴動が頻発するようになったが、小倉では日本人のヤクザが身体を張って押さえたので進駐軍の出動を待つまでもなく比較的治安は保たれていた。そんな小倉の英雄・恩人のヤクザを東京から送り込まれてくるエリート警察官僚たちは東京の手前勝手な正義を標榜するマスコミと政治屋に官僚が制定した暴力団取締法を経歴の箔付けとするために徹底的に弾圧してきた。その結果、小倉のヤクザは凶悪化し、東京でも在日外国人による犯罪が急増し、特に極悪非道な中国の闇社会が日本で組織を造り、武装化していることをマスコミは全く報道しない。
「あんなに巨額の防衛費を遣っておきながら自衛隊はそんな心細い実力しかないのか」ここで高校時代に政治問題で熱弁を振るっていた元教師の優等生が話をややこしくした。この元教師は昔から同窓会で自衛隊に入った同級生たちを相手に日米安保や自衛隊を否定する議論を投げつけ、自衛官たちが日教組に政治利用されることを恐れて反論しないと勝ち誇ったように酒を飲んでいた。島田元准尉としては在日とは違った意味で警戒しなければならない相手だった。
「日本は全てが割高なんだよ。防衛費は人件費が大きいんだが、給与水準は民間平均と同程度で地方公務員には敵わないね。装備品も周辺国に脅威を与えないものに限定されるから攻撃能力は持てない。国際標準の装備品を導入できるようになったのは1990年代になってからかな」「俺たち戦前生まれが定年退職してからって言いたいらしいな」「団塊の世代も含めるよ」かつての反安保・反自衛隊の闘士もこの年齢になると唯一の生き残りに論戦を挑む元気はないらしく、島田元准尉の反論に苦笑いしながらグラスを掲げ、2人でビールを飲み干した。
  1. 2021/10/18(月) 14:36:44|
  2. 夜の連続小説8
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