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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2435

翌日、島田元准尉と順子は小倉の菩提寺で島田家先祖代々の墓に参り、鹿児島本線で久留米に着いたのは昼前だった。モリヤ将補は平日で部内課程とパイロット課程の教育が最盛期に入っていることもあり休暇は取らず、前川原駐屯地に招待した。
「閣下、警衛所にお客さまが到着されたそうです」モリヤ将補が久留米駅から電話を受けて壁時計と睨めっ子していると総務課のWACの陸曹が報告に来た。
「歩いて迎えに行くから待っていてもらって」「校長車を出しましょうか」「幹部食堂で会食してから校内を案内したいからいいわ。警衛隊には警衛司令の敬礼で良いと伝えておいて」今日も迷彩服を着ているモリヤ将補は立ち上がると帽子掛けの識別帽を手にとって指示を返した。警衛隊の駐屯地司令に対する敬礼は控えの隊員を整列させての捧げ銃だが、受礼者の指示があれば警衛司令の敬礼に省略できる。多分、この指示を受けてWACの陸曹は持ち前の気配りを発揮して校長が徒歩で校内を回ることを各部署に連絡するはずだ。中でも糧食班は食事の準備をするためにライトを点けた校長車が接近してくるのを見張っているので今日は厳戒態勢になる。学生隊も候補生が2名以上で歩いていてすれ違った時の敬礼について指示しなければならない。
「気をつけ、服務中異常なし」「はい、ご苦労さま。課業中は監視の目は外に向けなさい」案の定、警衛所では本部庁舎からの経路に控えの歩哨を1名配置していて歩いてくるモリヤ将補を発見すると駆け戻っていった。今日の上番警衛隊は学生隊だが、駐屯地司令としては警戒監視と規律維持に専念するべき警衛隊の余計な対応は叱責の対象だ。モリヤ将補は警衛司令の曹長の敬礼を受けると短切な注意を与え、先ほどの陸士の歩哨に視線を投げかけた。
「准尉、お久しぶりです」「小隊長も元気そうで何よりです」「今日はお忙しいところにお邪魔しまして」島田元准尉夫妻は面会所ではなく警衛所の面会受付の前で待っていた。島田元准尉も現役時代には警衛司令を経験しているので叱責を受けた曹長に同情したような表情だった。
「それでは駐屯地内を案内します。どうぞ」警衛司令はモリヤ将補が視線から外れないため「休め」の号令がかけられないでいる。モリヤ将補は挨拶を切り上げるともう一度、警衛司令の前で姿勢を正し、「続いて服務します」の報告を受けて歩き始めた。それでもかなり離れてから「休め」の号令が聞こえたのは叱責に過剰反応したのかも知れない。
「先ず幹部食堂で昼食にします。部隊食は久しぶりでしょう」「官品飯かァ、何年振りかな」「あッ、ラッパが鳴ったわ」モリヤ将補が島田夫妻を連れて中央通りを歩いていくと食事ラッパが響いてきた。幹部候補生学校では独自にラッパ手を養成していないため教導隊と学生隊の陸士を久留米駐屯地の集合訓練に参加させているが、久留米市民からは冬の風物詩と呼ばれて人気があるので練習に励み、中々の音色を聞かせてくれる。
「気をつけ。頭―ッ、右」幹部食堂は隊員食堂と同じ建物なので近づくと食事に向かう候補生たちに会うことになる。現在入校しているのは部内課程とパイロット課程の候補生なので部隊経験は十分のはずだが、何故か停止して「頭右」の敬礼をしてきた。本来は「行進間の敬礼」として2人であれば右の隊員が号令をかけて挙手の敬礼をして、左の隊員が顔を向ければすむ話だが、おそらく食事前に学生隊で「頭右の敬礼をしろ」と指導を受けたのだろう。結局、部隊では将官に出会うことを避けるように行動するため陸曹になっても敬礼した経験がないのだ。それは先ほど警衛隊が歩哨を出してモリヤ将補が来るのを監視させていたのにも通じる陸上自衛隊の「失敗しないための予防措置」体質の問題だ。
「小隊長は今の日韓問題をどう考えますか」食事を終えて幹部候補生学校の施設を案内し、中央訓練場で始まった候補生たちの訓練を見学しながら島田元准尉が唐突に質問してきた。島田元准尉は昨夜の同窓会でもこの問題を議論したのだが自衛隊を退職して長くなり、隊内の友人・知人がほぼ全滅してしまったため自衛官としての知識と見解を持ち合わせていない。本来は今も加盟している隊友会が民間人からの質問に応えられる程度の情報と解説の文書を配布してもらいたいのだが、政治的には外交問題として外務省の所管になっているので期待はできない。すると中央訓練場を見たまま無表情に何かを考えていたモリヤ将補が口を開いた。
「韓国は対岸にあるだけで隣国とは思わないことね。准尉の家の周りにも顔を見ても会釈するだけの人がいるでしょう。本人が嘘を嘘と思わないで周囲に自分が正しいって言い触らすような人間とは関わらないことよ。これがあくまでも私個人の意見なのは言うまでもありません」「それですみますかね。私は戦後の在日の連中の行動を知っているから今回の問題が奴らの野獣のような本性を呼び覚ますのを恐れているんです」「いくら敬愛する島田准尉でも今の私の立場ではこれ以上のコメントはできません。ごめんなさい」沈黙の後の回答は期待外れだったが、島田元准尉は目の前の人物がかつて愛した伊藤佳織3尉ではなくなったことを噛み締めた。
  1. 2021/10/19(火) 14:22:50|
  2. 夜の連続小説8
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