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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2438

舩岡施設OB会の入会資格は舩岡駐屯地に限らず全国各地の施設科部隊で定年退官・任期満了退職して会合に参加可能な場所に住んでいる元隊員たちなので自衛隊の歴史と連動して高齢化が進み、亡くなる会員も増えてきた。今日、茶山元3佐が葬儀に参列したのは部内で幹部候補生学校に入校するまで一緒だった新隊員後期課程の同期の佐伯元准尉だった。
「今時、70歳代で死ぬのは若死にだよな」「そうですね。自衛隊は定年してすぐに死ぬ者が多いって言われてますが、我が施設OB会では80歳を過ぎないと許されないですよ」葬儀が始まるまで茶山元3佐は3尉候補者出身の人事幹部の元2尉と小声で話していた。参列者には会員が多いが、弔辞は定年前に舩岡で一緒に勤務していた元中隊長が読むらしい。
「これは何宗の葬儀だい」「曹洞宗らしいですよ」葬儀が近づき頭を剃った坊主たちが6人も入場してきたのを見て茶山元3佐は元2尉に訊ねた。茶山家は浄土真宗なので葬儀には毛を生やした坊主が1人か2人だ。これまでも葬儀には何度も出ているが、曹洞宗王国の豊川で勤務していた頃にはOBを含めて年齢が若かったので経験がなく、東北に来てからは浄土真宗が多い。坊主たちは向い合って並べられた椅子に腰を下ろすと置いてある楽器のような佛具を膝に置いた。
「それでも真ん中の席が空いているからまだ主役は登場していないんだな」「主役は佐伯准尉でしょう」1科勤務が長い元2尉の頭は常識的に働くらしく、茶山元3佐が坊主だけに意識を向けていると葬儀全体で答えた。やはり葬儀の主役は亡くなった本人で、準主役は喪主だ。
チーン、チーン、チーン・・・「お導師さまの入場です」やがて坊主の1人が手鐘(しゅけい)を打ち鳴らし始めると斎場の若い女性の司会者が案内した。同時に後ろに黒の法衣を着た若い坊主=侍者を従えて緋色の法衣を着て頭に袈裟と同じ金襴の帽子(もうす)を被った坊主が杖をついて入場してきた。これが「お導師さま」らしい。導師は正面の曲禄の前に立って合掌すると数珠を揉んで頭を下げ、侍者が袈裟を尻に敷かないように持ち上げてから腰を下ろし、帽子をとって侍者に渡した。曹洞宗の葬儀では導師が歩いて式場にやってくる場面から再現するのだ。
「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」曹洞宗の葬儀の前半は死んだ者を出家入道させる得度式で、最初に手鐘を打った坊主が剃刀を振りながら剃髪の偈文を3回唱えた。そこからは導師が独り舞台の主役を演じていく。茶山元3佐は演劇のような演出に不謹慎ながら好奇心を持って見入ってしまった。
続いて後半に入ると導師と一緒に6人の坊主が手に手鐘と太鼓、シンバルのような鐃鈸(にょうはつ)を持って立ち上がり、チン・ドン・シャンと打ち鳴らした。これは火葬場へ移動する葬列の再現だが、葬儀とは思えない賑やかさだ。
「それではここで参列者を代表して佐伯勇三さまの自衛隊時代の中隊長であらされます近藤荘二さまより弔辞を賜りたいと思います。近藤さま、お願いします」賑やかな葬列が終わり、形式上の火葬で肉体が失くなる前に導師が引導を渡すと続いて弔辞になる。指名された近藤元3佐は息子らしい喪主に10度の敬礼をしてから焼香台の前に立てられているマイクに向かった。
「先任、70余年の人生をご苦労さまでした。つたない私が無事に中隊長の重責を果たすことができたのも先任の支えがあったればこそです。先任は若い頃から鬼軍曹ならぬ佛さん陸曹として若い隊員に慕われ、人材育成に貢献してこられましたが最後に一番手を煩わせたのが私だったのでしょう・・・退官後も先の大震災では舩岡施設OB会の一員として被災地に入り、操縦手がおらず放置されていた建設機材を借りて土木作業に当たるなど老兵の腕が落ちていないことを示されました・・・最後に」近藤元3佐は読み終わった弔辞を畳んで胸ポケットに納めると回り右をした。鳴らした踵の音をマイクが拾って場内に響いた。
「自衛隊のOBのみ起立を願います」近藤元3佐の指示に舩岡施設OB会の会員たちは黙って立ち上がった。それを確認した近藤元3佐はもう1度回れ右をして大きく息を吸うと背中を仰け反らせた。高齢化で背中が丸くなっているOBたちも久しぶりに不動の姿勢をとる。
「挙手の敬礼とする。気をつけーッ。佐伯准尉に対ーしッ、敬礼」近藤元3佐の号令でOBたちは一斉に右眉の前に掌を掲げた。本来であれば慰霊のラッパの「国の鎮め」を吹奏したいところだが現役時代のラッパ手は来ていなかった。
「近藤さま、有り難うございました。続いて焼香でございます」近藤元3佐が日付を唱えて弔辞を焼香台に置くと司会者の案内で喪主と遺族から焼香が始まった。茶山元3佐は立ち上がってポケットから数珠を取り出したが、先に焼香している喪主から遺族、親族たちの作法が同じことに気づいて注視してしまった。浄土真宗では本願寺派が1回、大谷派は2回と聞いているがそれだけだ。一方、曹洞宗では1回目は仰々しく顔の前で押し戴いて2回目はサッと振りかけている。
「モリヤくんは曹洞宗じゃあなかったかな」茶山元3佐は質問する相手に思い当たってしまった。
  1. 2021/10/22(金) 14:19:46|
  2. 夜の連続小説8
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