fc2ブログ

古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

10月29日・北欧の引き籠り王・グスタフ5世が崩御した。

1950年の10月29日に43年間の在位中に第1次と第2次の世界大戦が勃発しても国是である「中立」に執着して世界情勢に背を向けたスウェーデン国王・グスタフ5世=オスカル・グスタフ・アトフレクさんが崩御しました。92歳でした。
グスタフ5世は1858年に首都ストックホルム郊外のエーケレーに在るドロットニングホルム宮殿で国王・オスカル2世の嫡男として生まれました。1900年代になると北欧ではナポレオン戦争中に帝政ロシアの武力侵攻でフィンランドが奪われたのに続き同一君主別国制度を採っていたノルウェーでも独立運動が起こり、その心労から父王が崩御したため1907年に49歳で即位しました(と言っても新ノルウェー国王はオスカル2世の兄=前王の外孫にあたるデンマーク王の次男だった)。
即位した時期は新興のプロシア帝国と帝政ロシアやフランスの対立が激しさを増し、全ヨーロッパに緊張感が充満していて1914年にオーストリア帝国の皇太子夫婦がハンガリーのサラエボで暗殺された事件が引き金になって第1次世界大戦が勃発しました。しかし、スウェーデンは国是である中立を表明するとノルウェーとデンマークの国王と北欧3国として傍観者を決め込むことを宣言しました。こうして北欧3国はドイツとフランスが地上と空で壮絶な死闘を繰り広げているのを対岸の火事として眺めていて飛び火程度の攻撃を受け、バルト海に出没するUボートによって連合国の艦船が甚大な損害を受けても放置したためプロシアと一緒に海上封鎖された以外は無傷で終戦を迎えました。
第1次世界大戦後は新たに設立された国際連盟が軍事同盟ではなく平和を構築するための国際機関であることを確認して参加しましたが、国家間の対立を調停する機能が話し合いの席を設ける以外になく、国際条約の違反国に対する懲罰が経済制裁のみと言う弱体さに失望して距離を置くようになり、結局、中立国として引き籠るようになりました。
こうしてスウェーデンが背を向けている間に西ヨーロッパではロシア革命の波が押し寄せてマルクス主義が勃興し、それを実力で阻もうとする国家主義が台頭して再び戦争前夜になっていきました。そして1939年6月1日にナチス・ドイツのポーランド侵攻によって第2次世界大戦が始まるとグスタフ5世は再びノルウェーとデンマーク国王と共に北欧の3国の中立を宣言しましたが、今回はヨーロッパ全土の制覇を目指すヒトラー総統のナチス・ドイツにデンマークとノルウェーが屈服し、連合国の支援を受けられず単独でナチス・ドイツに対抗しなければならないスウェーデンの中立は風前の灯火になったのです。そこでスウェーデン政府は国民総動員令を発令して50万人の地上部隊を編成して対決姿勢をナチス・ドイツに示し、侵略を受けたノルウェーとデンマークは放置して中立を保ちましたが、実際は多くの国民が義勇兵としてナチス・ドイツと連合軍の双方に参加したのを黙認する節操のない態度で第2次世界大戦をやり過ごしたのです。
大戦後にスウェーデンがノルウェーとデンマークにNATOとは別の北欧軍事同盟の設立を呼び掛けて拒否されたのは当然です。スウェーデンの虚像に騙されてはいけません。
  1. 2021/10/29(金) 14:06:21|
  2. 日記(暦)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<振り向けばイエスタディ2446 | ホーム | 振り向けばイエスタディ2445>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://1pen1kyusho3.blog.fc2.com/tb.php/7247-62d224ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)