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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2457

「本日は防衛関係法の特別講座として国際刑事裁判所の検察官であるモリヤニンジン2佐に戦時国際法の講義をお願いした。なお、モリヤ2佐は日本の司法試験に合格した元弁護士でもあるから国内法に関する疑問にも答えてもらえるだろう。後半は質疑応答とする予定だから積極的に質問するように」翌朝、佳織の手料理を食べ、校長車に同乗して登庁すると私は教育部長室で待機して国旗掲揚後に講堂に案内された。開講の冒頭に1佐の教育部長が私を紹介したが訂正を加えなければならない。
「おはようございます。オランダのスフラーフェン・ハーグにある国際刑事裁判所で次席検察官をやっているモリヤ2佐です。今日の午前が防衛関係法、明日の午前に国際情勢の特別講座を実施せよと校長から命令されて3年ぶりに帰国しました」定型通りの前置きを始めると防衛大学校出身者の席から「校長の旦那だぞ」「昨日は姦ったな」と言う押さえた話し声が聞えた。やはり防衛大学校出身者は自衛隊慣れしている上、私の2佐と言う階級を定年まで勤務すれば誰でもなれる最低ラインと舐めているようで、「司法試験合格者」「国際刑事裁判所の検察官」に敬意を抱いてくれている後輩の一般(部外)課程に比べると緊張感がない。
「先ほど部長は戦時国際法と紹介されたが英語ではウォー・ロウなので戦争法が正しい。むしろ現在は平時に発生するテロとの区分が困難になっているので、あえて『戦時』と断るのは適当ではない」先ず部長の誤りを訂正した。正面には講堂の入り口からの通路に長机を置いて少し高級そうな椅子で席を作っている教育部長と防衛法担当の2佐が見えるが、小声でささやき合ったのは課程教育で戦争法を用いているかの確認だろう。
「現在の戦争法の問題点はアメリカのアフガニスタン侵攻以降の武力紛争が宗教戦争になっている中でキリスト教的倫理観に基づく法律になっていることだ。イスラムの戒律では許される行為が違法、戒律に背く行為が合法になれば法令を順守することがアッラーに対する罪になり、過激派だけでなく原理主義者までも戦争法を無視するようになる」私はモレソウダ首席検察官とアフガニスタンにおけるアメリカ軍とNATO軍による戦争犯罪行為を刑事告発するための調査に着手しているが、ここで話す段階ではないので単なる一般論とした。
「さらに問題なのは国際社会がヨーロッパの市民団体に取り仕切られていることだ。2017年7月7日に核兵器禁止条約が採択されたが、対象は批准した国家と組織に限定されていて不法に核兵器を製造、売買、所持した違反に対する懲罰規定が明記されていない。これでは実効性が欠落していて第2次世界大戦を阻止できなかった1928年の不戦条約の失敗を繰り返すだけだ。所詮は何の責任も持たない素人たちが集団ヒステリーを起して書いた作文に過ぎないと言うことだ」話が過激になって候補生たちの顔も真剣になってきた。
「ワシはヨーロッパの人権団体が訴えているスリランカ政府軍による少数民族虐殺、フィリピンのナバオ・デス・スクワットによる無差別殺害の現地調査に赴いたが、違法行為を犯していたのはタミル人ゲリラと麻薬の密売人側だった。結局、人権団体は死刑廃止の延長線上で治安活動による殺害の封殺を画策していても、自分たちに危険が及ぶヨーロッパでのテロを治安部隊が武力で鎮圧することは批判しない。国際刑事裁判所の検察部としては中立性を保持するために周囲で馬鹿騒ぎする人権団体に抵抗していると言うのも現実だ」何だか愚痴か内部告発のようになってきたが、戦争法を熟知するのは幹部自衛官の責務なので条文の解説は後半の質疑応答だけにした。そこで候補生たちの学習意欲と教育成果も確認できる。
「それでは質疑応答に移る。挙手や起立は必要ないから名前だけ言って気軽に質問してくれ。教官に怒られない程度に外れた質問でも構わないぞ」結局、前半は休憩を挟まずに2時間半喋り放しになった。そこで長めに15分間の休憩を取り、部長が退席したのを見送ってから後半の質疑応答に移った。同期の佳織によれば私が候補生の時は本人に自覚がない教官を苛めだったらしいが、受けて立つのも楽しみだ。
「講師は安全保障関連法についてはどう思われますか」「あの法律については友人がオランダに送ってくれる新聞を読んでいただけだから詳しくは判らない。強いて言えば日米安保体制を相互防衛にして日本への侵略への介入をアメリカの国家義務にしたんだな。流石に加倍首相は1960年の安保条約改定でアメリカに日本の防衛責任を与えた浜首相の孫だよ」「へーッ」私の見解は意外だったようで教官まで一緒に感嘆の声を上げた。
「講師はイージス艦と漁船の衝突事故の裁判に勝訴されましたが、勝因はどこにあったと思いますか」「海上自衛隊が潜水艦・なだしおの不当判決を教訓にして組織力を集中発揮したことだな。大臣の裏切りは毎度のことだから始めから無視していたよ」やはりバブル崩壊後の「失われた20年」でレベルが上がった今の候補生たちは我々の時代よりも優等生が揃っている。
  1. 2021/11/10(水) 15:27:13|
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