振り向けばイエスタディ２４８０

３月に入るとニューヨークで感染爆発が発生し、それが全米に拡大ことで２月２５日に自分のツイッターで「アメリカではコロナ・ウィルスは完全に管理下にある」と豪語していたトランプ大統領はマスコミやインターネットで激烈な集中砲火を浴びることなった。
「官僚たちはホワイトハウスでトランプに事実を正確に説明しているのかな」ニューヨークの自衛隊の非合法組織では発足から３年にして空中分解状態を呈しているトランプ政権の現状を冷ややかに分析していた。松山１佐は防衛駐在官の渡辺将補が３月に交代になる予定なので州をまたいだ行動制限が発令される前にワシントンの在アメリカ大使館に６０歳の特例定年が近づいてきた杉本と岡倉の後任と組織の今後について話し合いに行っていて今日は不在だ。最近は松山１佐が不在の時は杉本が話し合いを仕切るようになっている。以前は冷淡で皮肉な発言しかしなかったので話し合いの輪から外されていたが人間的に格段の進歩を遂げたようだ。こんな時、本間が発言を控えているのも妻としての節度だろう。
「アメリカでは政治統制の原則があるから官僚が直接ではなく閣僚や担当補佐官が説明するようだ」「つまり日本では文民統制と呼んでいる制度は官僚が権限を独占するための歪曲と言うことだね」「むしろ官僚も政治の統制を受けているんだよ」日本ではアメリカ式「シビリアン・コントロール」を「文民統制」と呼んで防衛省・自衛隊だけに適用される政治概念と説明しているが、これは内務省＝警察出身の防衛官僚・海原治が戦前の陸軍が政府の目と声が届かない満洲で勝手に武力紛争を始め、２・２６事件を契機に「陸軍の意向に背けばクーデターが再発する」と政党人の政治家を脅迫して政治の実権を奪った負の歴史を利用した極めて悪質な歪曲だ。実際は選挙によって職務権限を負託されている政治家が軍を含む政治機構を統制することであって、単に国家公務員採用試験に合格したに過ぎない官僚が国家の存立に関わる重要な政策で強権を奮うことではない。
「多分、トランプはアメリカ国内で極秘裏に予防ワクチンの開発を始めていることを内緒の自慢話のつもりで『完全に管理下にある』と言ったんだろう。医薬品の開発と製造に必要な手順を理解していないんだ」３０年以上前とは言え地方の国立大学で経済学部専攻だった杉本は今も経済に明るく実際、先日の洒落たマスクのアイディァをアフリカ系女性向けファッション雑誌の編集長の工藤の妻・ジェニファーに持ち込み、採用させている。それを本間が絶賛すると「上杉謙信は経済政策にも熱心だった」と当たり前と言った風情だったが、郷土の英雄で応えたところに内心では悦んでいることを伺わせた。意外に知られていないが上杉謙信は経済活動に熱心で、木綿が普及する前の植物繊維の原料だったカラムシを領民に栽培させ、日本海ルートで全国に販売して莫大な利益を上げ、それを戦費に充てていたのだ。
「大体、トランプは実業家と言っても不動産屋だから製品を開発して製造、販売する苦労は知らないはずだ」「だから科学研究関係の予算を大幅に削減したんだな」「それにＮＩＨ（国立衛生研究所）とＣＤＣ（疾病予防管理センター）も含まれていただろう。２５日のツイッターの後、滅茶苦茶に叩かれてるぞ」杉本と本間が中国旅行として潜入した武漢市で新型細菌兵器の情報を入手し、外務省を通じて日本政府に報告したのは２０１７年１１月だが、加倍政権は平成に入って間もなくマスコミが画策した学童への集団予防接種の副作用の損害訴訟で巨額の賠償金を支払って弱体化した日本の製薬会社では未知なる細菌の予防ワクチンを研究・開発する能力に自信が持てず、大学の研究所は秘密保全に不安があるためアメリカに譲った。当時の国防長官はマティス大将だったのでトランプ政権も国家安全保障については正常に機能していて中国の野望を打ち砕く切り札として研究・開発に向けて動き始めたのだが、１年後にマティス大将が辞任するとトランプは商売感覚でアメリカ政府を指図するようになって細菌兵器への予防ワクチンはこれと言った利益が上がらない無駄な仕事になったのだ。したがってアメリカの国務省や国防総省の担当者、そしてＭＩ６のジェームズから聞いた話では保険的に情報を共有したイギリスの製薬会社と大学の方が研究は進んでいるらしい。
「それでもトランプが功を焦ると医薬品が人命を救う一方で奪う危険性も併せ持つことが判っていないだけに安全性を無視して製造を急がせかねないな」「アメリカでは感染者が発生したことでやっと検体を摂取して研究を開始すると言うシナリオを開いたんだから半年以内に治験が始まれば奇跡的な早さだよ」実際は中国と同時期に研究・開発は終了し、感染者に接種して効果を確認する段階なのだが、事前に情報を入手していた事実を暴露することは絶対に避けなければならず、「奇跡的な早さ」になるまで時間の経過を待たなければならない。
「それまでに感染者がどのくらい広がるかだな」「死者がどれくらい出るかだよ」岡倉と松本が出した結論に杉本と本間は沈痛な顔を見合わせてユックリうなずいた。