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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2502

「こんばんは」葬儀の後の会食は矢田が車で来ていたので宴席にはならず、松岳もスナック・カッチンのママを経験した屈強の女性軍団の相手をするのを避けて帰ってしまったため淳之介1人が取り残される形になった。そこに玄関から声をかけた女性がいた。
「はい、どちらさまですか」今回も勝子が立ち上がって廊下を歩いていった。すると向かい側の席で日出子と夕紀子は「若い子さァ」「ナイチャア口(標準語)さァ」とささやき合って、淳之介は玄関で始まる会話に耳をすませていた。
「淳之介の妹のモリヤ志織ですが父の名代として伺いました。お参りさせて下さい」「志織か・・・」意外過ぎる自己紹介に淳之介は絶句し、日出子と夕紀子も呆気にとられて顔を見合わせた。すると間もなく勝子に先導されて木綿色のワンピースを着て胸に父と梢がスリランカから送った猫目石のネックレスを飾った志織が入ってきた。
「志織ってモリヤと後妻の娘さァ」「アメリカ軍のパイロットになったって松真が言ってたよ」仕出し弁当と一緒に缶ビールを開けた日出子と夕紀子の少し大きくなった内緒話に迎えられた志織は喪主席に移動していた淳之介の前に正座して畳に両手をついた。志織は中学時代から居合道と茶道を続けているだけにハワイ育ちでも日本式の立ち振る舞いは見事なものだ。
「この度はお母さんを亡くされて・・・おかけする言葉も見つかりません」弔問の口上も本土の葬儀でも聞くことがない正統派でおそらく父の躾だろう。淳之介は志織が第7艦隊哨戒飛行隊に配属されたことは聞いているが、その時の説明では司令部と主力部隊は三沢基地に在り、嘉手納基地とインド洋のディエゴガルシア島に分遣隊を置いているとのことだった。この服装は普段着なので嘉手納基地から来たのかも知れない。
「香炭に火が点きました。どうぞ」兄と妹で堅苦しい挨拶を交わしている間に勝子が角香炉に灯明の炎で火を点けた香炭を寝かせて声をかけた。すると志織は立ち上がらず正座のまま拳を握った両手と膝で移動した。これも茶道の作法だ。
「淳ちゃんのお母さん、父から追悼の道歌を託されています。聞いて下さい・・・自覚なき 罪も罪なり 悔やむべし 閻魔の前では 泣いて謝れ・・・以上です」美恵子の遺影の前に座った志織は父から託された道歌を唱えるとこれもハワイで渡された数珠を揉み、手を合わせて背中を伸ばしたまま身体を前に倒して祈った。その形は父と同じだった。それにしてもこの痛烈な道歌には父が美恵子に対して抱いている想いが凝縮されているようだ。
「私は今、嘉手納に長期派遣されていて、この間オランダに電話したら梢から淳ちゃんのお母さんが亡くなって実家で葬儀があるから名代としてお参りしてくれって頼まれたの」焼香を終えた志織は喪主の前に戻って淳之介に事情を説明したが、妻の母である梢を英語式に呼び捨てにしたのには親しみの表現とは言え違和感があった。
「本当は朝から来たかったんだけど昨日から東シナ海でチャイナのサブが潜航したまま動き回っていてミッションのフライトだったの。昼過ぎにリターン(帰投)して雑務を片づけて来たらこんな時間になっちゃった。ごめんなさい」「サブって潜水艦(サブマリン)のことだな。ミッションのフライトは・・・」「作戦飛行よ。実戦態勢で監視していたの」志織は父や梢には通じる英語の専門用語が淳之介には理解されず確認を受けることになった。すると夕紀子が肩をすくめて「戦争さァ」と呟いた。
「志織さんはアメリカ軍のパイロットなんですよね」「はい、対潜哨戒機・ポセイドンに乗っています」「対潜哨戒機ってネービーの飛行機さァ」「那覇空港にもいるさァ」やはり姉2人は死んだ美恵子よりも成績優秀だっただけに理解も早い。ただし、アメリカ海軍のボーイングPー8ポセイドンと那覇空港=海上自衛隊沖縄航空基地の川﨑Pー1では機種が違う。
ここに松真がいれば飛行機談義と軍事問題の質疑応答に花が咲くのだが勝子、日出子、夕紀子は門外漢なのですぐに話題は尽きてしまった。何よりも志織は淳之介の義妹とは言え死んだ美恵子と別れたモリヤと後妻の間に生まれた娘であり、志織にとって美恵子は父を裏切った前妻に当たるだけに座は急速に白けてきた。
「淳ちゃん、一緒に帰ろう。私はBXのレンタカーで来たからタクシー代はかからないよ」話が途切れたところで志織が居住まいを正して提案した。
「しかし、今夜はここで・・・」「アンタは喪主を立派に勤めたから美恵子も喜んでるよ。首里まで帰るタクシー代が節約できれば助かるさァ」「伯母さんたちと一緒に寝たいねェ」志織の提案を受けて日出子と夕紀子は追い出しにかかった。2人としても母と3人水入らずで過ごすには黒一点の淳之介は邪魔であり、逆に若い癖に人一倍気を遣う淳之介をこれ以上疲れさせることを控えたらしい。やはり志織が乗ってきた乗用車はアメリカ軍のYナンバーだった。
24・モリヤ志織少尉イメージ画像(フライト中の志織)
  1. 2021/12/24(金) 14:09:03|
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