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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

振り向けばイエスタディ2517

広い体育館の壁に張りついて並んだマスクをして誰なのかも判らない隊員たちの見送りを終えて官用車でグランドヒル市ヶ谷に戻るとロビーで佳織と志織に出迎えられた。2人は梢を呼び出したが「家族の対面の邪魔になるから」と遠慮したらしい。
「貴方、長い間ご苦労さまでした」「ダディ、色々ありがとう」陸上自衛隊の16式の3種夏服の佳織とアメリカ海軍の白の半袖の軍服を着た志織は挙手の敬礼をしながらマスク越しに声をかけた。佳織が着ている16式の新制服は陸を連想させる色ではなく黄ばんだような92式よりは良いと言うだけだ。それでも在東京の機関(部隊ではない)のトップではない立場では組織の常識に従わなければならないのだろう。
「ありがとう。今後の世界の正義と日本の独立の守護は2人に任せることになる。どうぞよろしゅう」自衛隊を退役した私としては坊主らしく合掌したいところだが服装に合わせて敬礼した。本当は将官として接触を自己規制している佳織は飛ばして志織を抱き締めたかったが、アメリカ海軍の感染予防対策も厳しそうなので1間の距離を保った。
「今日はどうやって来たんだ。アメリカの軍人でも都道府県をまたぐ移動は制限を受けるだろう」「三沢で定期整備を終えたポセイドン(Pー8対潜哨戒機)を厚木まで飛ばすフライトがあったからコパイ(副操縦士)として搭乗させてもらったの。厚木は神奈川だけど東京とは一体化してるから大丈夫だったわ」ラウンジのソファーに3人で座り、ウェイトレスにコーヒーを注文すると家族の会話が始まった。しかし、日本人の国民性とは言えウェイトレスまでマスクとゴム手袋をはめて客から1間の距離を取り、直立した姿勢で注文を取られるとマスクの着用も一向に普及しないオランダのお気楽さが恋しくなる。
「志織、急に女っぽくなったがヤッパリ違うものか」「うん、梢が言ってたように大好きな淳ちゃんと命がつながったみたい。何時でも一緒にいるように感じるから何も恐くないわ」父親としての最大の関心事はやはり美恵子の葬儀の後、佳織が私を攻略したのと同じ作戦で想いを遂げた志織の初体験だ。確かに今日の志織にはこれまでにない若い女の瑞々しい色香を感じ、間隔を取っていなければ歩きながら尻を撫でたくなった。
「淳之介はあかりにバレていたから帰って大変だったらしいよ」「喧嘩になったの」「いや、あかりは健康的な志織を抱いて視覚障害者の自分では不満になるんじゃあないかと不安がったらしい。だから淳之介は『履き慣れた靴が最高』と頑張ったんだってさ。下手すれば3人目ができるかも知れないぞ」私の説明に佳織と志織は顔を見合わせた後、呆れたように苦笑した。実は浮気をした夫が妻を抱く時に弄する「履き慣れた靴が最高」と言う賛辞は私の挿入で、沖縄で夜遊びに励んでいた単身赴任の小父さんたちが帰宅する時に口にしていた台詞の請け売りだ。おそらく淳之介は快感を与えることであかりの不安を打ち消そうと全精力を傾注したのだろう。これなら2度目の浮気はありそうもない。
「ダディは3日の便でオランダに帰るんでしょう。私も3日に三沢に帰るけど関東空域のウェーザーはかなり悪いのよ」「梅雨の長雨だけではすまないのか」ウェイトレスが恐る恐るコーヒーを運んでくると志織が真顔になって気象情報を説明した。航空基地の気象隊は飛行空域の高度別の気象状況も予測していて低温の雲が湿気を帯びて機体に氷着するアイシングや帯電して雷が発生するサンダー・ストームなども警告するので傾聴に値するはずだ。
「伊豆半島の南方海上に張り出した優勢な雨雲は停滞しながら急激に発達しているから伊豆半島は記録的集中豪雨になるわ。その雨雲は関東地方全域まで覆うはずだからダディたちが乗ったKLMは雲中飛行することになるよ」「雲中飛行か・・・エア・ポケットを覚悟しないといけないな」「流石は元JASDF(航空自衛隊)」アメリカ海軍の現職パイロットに誉めてもらったが、私のこの知識は沖縄時代に本土と往復する飛行機が台風や優勢な雷雲の上を通過すると激しいエア・ポケットを繰り返した体験談だ。
「災害派遣になるほどじゃあないんでしょう」佳織の発想はやはり現職の陸上自衛官だ。現在の職務では東北地区太平洋沖地震規模の大災害でなければ災害派遣に参加することはないはずだが、組織人として気になるのは当然だ。
「伊豆は地盤が弱い上に河川が複雑に合流しているから難しいところだな。ワシは2日の夜は成田のホテル泊で朝1番の飛行機だから見届けられないが、志織も安全飛行で還るんだぞ」「うん、ダディと淳ちゃんがついているから大丈夫」「私は」「忘れてました」志織がオチをつけたおかげで久しぶりのモリヤ家の対面を爆笑で飾ることができた。
明日は梢と都内で日本でしか買えない佛具を中心に買い物してから成田に向かう予定だが、相合傘が楽しめないような集中豪雨では困ってしまう。
  1. 2022/01/08(土) 13:57:44|
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