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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ4

「食事時間に申し訳ないが本部長室に集まってくれないか」「私も食事どころではないと思っていたんです。と言ってこちらから閣下をお呼び立てするのも気が引けて・・・助かりました」航空自衛隊の幹部学校長が基地司令を務め、海上自衛隊の幹部学校と陸上自衛隊の教育訓練研究本部が同居している目黒基地・駐屯地では陸将の本部長が陸海空の将補を呼び集めて緊急会合を持った。議題がたった今、昼の民間放送のニュースで流れた海上自衛隊の対潜哨戒機と韓国海軍のコルベットの交戦なのは言うまでもない。
「完全に主導権を奪われたな」「相手が身構えたらこちらも柄(つか)に手を掛けないと手遅れですよ」本部長室のテレビは国営放送のニュースを流しているが、流石に韓国側の一方的な発表であることを繰り返し説明している。同じ階の陸教育訓練研究本部の副校長と各部長はソファーに座ってテレビを注視しているが、内容に大差がなくても受け取る印象は全く違う。
「海自の校長閣下が来られました・・・基地司令閣下もご一緒です」間もなく出席者が集合し、副官室のWACの陸曹がコーヒーとクッキーを配り終えて退室すると本部長は執務机の椅子からソファーの自分の指定席に移動した。
「腹つなぎにクッキーを食べながら話をしよう」本部長は穏やかな笑顔を作りながら声を掛け、手本を示すように小皿に載っているクッキーの袋を開けて頬張った。それを見て6人の将補たちも倣ったが、モリヤ将補だけは先にティッシュで口紅を拭った。
「海自としては今回の事件をどう思うね」「今、断定できるのはPー1が対艦ミサイルを発射した事実がないことです。Pー1に搭載しているASM(空対艦ミサイル)の射程は91式が80ノーティカル・マイル(海里=約150キロメートル)、新型ハープーンなら67ノーティカル・マイル(約124キロメートル)ありますから艦載の対空機関砲の有効射程距離内では近過ぎます」「なるほど・・・つまり小型駆逐艦」「コルベットです」「そのコルベットの沈没は」「間違いなく自爆でしょう。大体、ミサイルが命中・爆発して1名も死亡者が出なかったと言うことはあり得ません」民間放送のニュースが終わり、集合を連絡するまでの時間はモリヤ将補が化粧を直したのが不思議なくらい短かったので、この数字情報は下調べなしの知識らしい。考えてみれば海上自衛隊の幹部学校長はPー3C対潜哨戒機のパイロットだった。
「つまりボロが出る前に反日世論を喚起して毎度の韓国市民の怒りで事実化するのが狙いと言うところだ」「それで大統領選挙の保守派候補に『親日』とレッテルを貼れば自分の後継者が有利になる」「だからこのタイミングなのか」海将補の解説で事実に対する共通認識ができたところで男性の陸将補3人が政治的分析を始めた。
「しかし、加倍政権の頃は国交断絶寸前とまで言われていたが、石田政権になってからは批判も抑え気味で歩み寄りを模索しているように見えるんだが、あえてそれを打ち砕くような暴挙に出たのか目的が判らんな」副本部長の疑問を受けて本部長が視線でモリヤ将補に発言を促した。モリヤ将補は幹部候補生学校長時代、日韓候補生交流行事で韓国陸軍士官学校を訪問しながら翌年には2018年の火器管制レーダー照射事件で中止を通告された経験を持ち、普通の自衛官よりも韓国陸軍の内情に詳しいはずだ。
「韓国は日本どころかアメリカも同盟国とは思っていません。韓国にとっての盟主は有史以来、間近で仕えてきた中華帝国だけでアメリカは日本の植民地支配を終わらせるために利用しただけです。今の韓国では朝鮮戦争でさえ北朝鮮が日本に取って替わったアメリカの植民地支配から解放して民族による統一国家を樹立するための救国戦争と定義していて、アメリカが守ったのは韓国ではなく李承晩の傀儡政権だったと言うのが常識になっています。つまり潜在的敵対国なんです」「確かに私も韓国空軍の編隊が日本海上のADIZ(防空識別圏)で反転して韓国に戻り、それを迎撃する別の編隊とDUCT(空中戦)を始めるのを何度も見たことがある。あれは日本からの攻撃を想定した演習だろう。前の国防部長官はウチ(航空自衛隊幹部学校)のCSと上級幹部課程に留学しているが、米韓相互防衛条約では韓国軍がアメリカ軍の指揮下に入るのに日米安全保障条約では日米が独立した対等な軍として協力することになっていることにかなり激烈な不満を抱いて、酔うと『自衛隊の敵は外国だが韓国の敵は同じ民族だ。それなのにアメリカ軍の指揮を受けて肉親かも知れない敵を殺さなければならない。お前たちにその苦悩が判るか』と興奮していたそうだ」空自の幹部学校長の説明で韓国を戦前の一時期だけ禍根を残した以外は友好関係にあった隣国、今では北朝鮮と中国に共に対峙する同盟国と考えていた男性の陸将補たちは黙って顔を見合わせた。
「そうなると単なる事件で終わるかが問題だな。石田政権の事勿れ主義では後手に回らざるを得ない。喧嘩は相手に舐められるから起こるんだ」本部長の総括に全員が厳しい顔でうなずいた。
  1. 2022/01/15(土) 14:26:15|
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