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古志山人閑話

野僧は佛道の傍らに置き忘れられた石(意志)佛です。苔むし朽ち果て、忘れ去られて消え逝くのを待っていますが、吹く風が身を切る声、雨だれが禿頭を叩く音が独り言に聞こえたなら・・・。

続・振り向けばイエスタディ6

翌朝、防衛省がある市ヶ谷地区の正門前には人だかりができていた。丁度、通勤時間でもあり通行人たちは迷惑そうな顔しているが、彼らが発する殺気立った雰囲気に圧倒されて黙って通り過ぎていく。そこに制服の警察官が2名早足で近づいてきた。
「このデモは何ですか。東京都公安委員会に集会、集団行進、集団示威運動に関する都条例に基づく届けは出していますか」年配の警察官は正門に曲がる歩道の角に立っている若い女性に声を掛けた。女性は大きく「謝罪要求」と墨書した紙を掲げている。
デモ行進などの示威行為は日本国憲法21条1項の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」に該当するので破壊活動を伴わない限り禁止することはできないが、歩道を含む道路の通行障害や公共場所の占有などを発生させるため、東京都では72時間前までに所轄の警察署を通じて公安委員会に届け出ることになっている。
「私たちは自衛隊の母国に対する武力行使に抗議するため自主的に集まった在日の韓国人と朝鮮人、それに賛同する日本人です。防衛大臣は責任を認めて韓国国民に対して謝罪しなければなりません」若い女性は「自主的に」と言ったが車道側に並んでいる参集者が掲げている横断幕には「自衛隊の武力行使断罪」「憲法違反の交戦権発動」「即刻謝罪と賠償金支払」などと整合が取れた文脈が並んでいて、どう見ても組織だ。
「この時間帯は出勤する市民が多いので歩道を占拠されると通行障害が発生します。1時間ほど後にしてもらえませんか」「1時間後では防衛大臣が出勤してしまうじゃないですか。我々の怒りを直接見せつけなければなりません」年配の警察官は刺激を避けるように条例の趣旨を説明したが若い女性は口調を強め、それに呼応するように周囲がいきり立ち始めた。
「防衛省が大臣の出勤時間を公表すればその時間に来るぞ」「防衛大臣は我々と面会しろ」「逃げ回るな。恥知らず」声は次第に怒気を帯びて大きくなり、横断幕を持っていない者は拳を突き出してシュピレコールになってきた。その時、年配の警察官と若い女性の会話の内容を無線で報告している若い警察官は参集者の背後から竿に付けたマイクが突き出されていることに気がついた。振り返ると対向車線の歩道では本格的なテレビ・カメラがこちらを撮影している。車道を見回すとアンテナを立てたワゴン車がハザードランプを点滅させながら停車していた。
「おそらくテレビが中継しています」若い警察官が背後に近づき耳元で状況を説明すると、年配の警察官はマイクを確認しただけで振り返ることなく女性に向かって話を続けた。
「車道側に1列に並んで下さい。それから今後もこれだけの人数が集まるようなら都の条例が定める公安委員会への届けを牛込警察署に提出して下さい。用紙は署に常備しています」広い歩道の半分を占拠している参集者の背後では通行人たちが不快そうに睨みつけて通り過ぎていていく。立っているだけでも邪魔な人だかりが余計な動作を始めれば完全な障害物だ。
「通行の邪魔です。前に出なさい」「痛い、警察官が暴力を奮ったぞ」「日本国の警察が我々の抗議活動を弾圧したわ」「自衛隊と同罪だ」「これが日本国政府の答えだ」若い警察官が年配の警察官の指示を無視している人だかりの背後に回って柔らかく押すと男女2人が大声を上げて前に転倒した。同時に回りの参集者たちが罵声を上げ始めた。竿に付けたマイクを操作している取材者は罵声を拾おうと素早く位置を変え、どこからともなくマイクを持った見覚えがある男性レポーターが姿を現してカメラの正面の歩道に立った。
「只今、驚くべきことが起こりました。自衛隊が起こした重大な国際問題に抗議するため防衛省前に集まっていた在日の人たちに警察官が暴力を奮ったのです」「母国の皆さん、日本国政府は同胞の抗議活動を暴力で弾圧しました」実況中継とは言えない虚偽の台詞を並べている男性レポーターの横で警察官と話していた若い女性も叫び声を上げた。この虚偽をスクープのように報じて嘘で塗り固める報道手法は過去にも教科書検定による表現変更や(いわゆる)従軍慰安婦問題などで何度も繰り返されてきた常套手段だ。
「防衛大臣だ、ナンバーは間違いない」そこに黒塗りの高級車が近づいてきて左折のウィンカーと一緒にヘッドライトを点灯した。この発見報告が伝達ゲームのように歩道を走ってくるとデモ隊は一斉に車道まで駆け寄って深く息を吸った。
「謝罪せよ」「罪を認めろ」「戦争犯罪を懺悔せよ」「天安を撃沈したのも日本だろう」「世越(セウォル)号もだ」デモ隊は速度を落とした大臣車に罵声を浴びせ、防衛大臣が座っている後席の窓に向けて生卵を投げつけた。防衛大臣は視線を向けることなく前を見て通り過ぎた。
「我々の手には負えないよ」大臣車が正門に入っていくと年配の警察官は青くなって立ちすくんでいる若い警察官の肩に手を当てて落ちつかせた。生卵は数が多過ぎて投げた犯人を特定することはできなかった。運転手は洗車が大変そうだ。
  1. 2022/01/17(月) 15:02:13|
  2. 夜の連続小説9
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